52、もう一人の“フィリミオ”
銀に斬られたとき、オレは自分の無力さを思い知らされた。
強くなったつもりだった。
けれどそれは全てブレスの力に頼ったもので、オレの本当の力じゃなかった。
ブレスを封じられたオレは、ただの中学生でしかなかった。
沢田よりももっと弱い、ただの女子中学生でしかなかった。
意識が闇に沈んでいく中、オレの中には負けた悔しさと自分の無力さへの恨みだけが渦巻いていた。
オレ……死ぬんだな。
もう生き返ることなんてできなくて、凪を守ることすらできなくて。
無力なオレには守る力なんてないんだ。
だったらいっそ、このまま死んだって――……。
『本当にそれでいいの?』
誰、だ……?
それでいいって、どういうことだよ。
『守ることを諦めて、それで後悔しないの?』
だってもう、オレにはできないことなんだ。
後悔しても無駄なんだ。
『後悔するくらいなら、私に体を頂戴』
闇の中に、青い光が差し込んだ気がした。
†‡†‡†‡†‡†‡
目の前に広がる純白の炎。
煌めきながらその勢いは増していく。
「そんな……これってまさか……」
オレは、これを知っている。
だけどこれは、あるはずのないものだ。
その時オレは、女の笑い声を聞いた。
要か? いや、違う。
似てるけど、全く違う誰かの声だ。
一歩近づいた、その時だった。
炎の中から青い光が迸り、一瞬にして炎を消し去った。
中から現れたのは――
「こんにちは、銀クン♪」
一人の少女だった。
純白のゆるふわでカールした髪は腰までの長さをもち、その瞳は翡翠の色をしている。
要のような顔立ちだが、その目付きはさらに鋭く、雰囲気も全く違う。
服装は、いつもの学ランから白い服へ――BLEACHで藍染が来ているような服へと変わっていた。
「誰だ」
「初めまして銀クン。私が“フィリミオ”です」
まるで執事がするようなお辞儀をするそいつ。
「待て。フィリミオは要が変装するために作り出された名前だ。実在はしていない!」
「あははっ。やだなぁ銀クン。私はその『要』から生み出された『本当のフィリミオ』」
「本当の……?」
「そう。要が望んだの。無力な自分を恨み、守るための力を欲した要の、理想の力。それが私」
要が望んだ存在……。
けど、惣右介様が関与することなく、人格ではなく人間が形成されることなんて、あり得ない。
「あり得ない、なんて事はあり得ない。誰かの言葉であったよね? 私が存在することは、充分に可能だよ」
違う。
あり得ないんじゃない。
あってはいけないんだ。
惣右介様が関与しなくちゃダメなんだ。
だけどそいつはクスリと笑うと、おもむろに何かを取り出した。
それは。
「全てはこれから始まったと言っても過言じゃない」
それは、要のチョーカーだった。
「要が最も思い入れていたもの。ものって不思議でさ、いつしか意思を持つようになるの。藍染が持っていた崩玉のようにね」
「崩玉……って、なんでBLEACHなんだよ」
「だってBLEACH好きだもん」
「いやでもさ……」
確かに、そんなこと言われるまでもなく、斬魄刀だったりオレの服の説明だったり、今のこいつの服装だったりとBLEACH要素があちこちに蔓延している。
ある意味それも、この世界の破滅の危機の原因だったりすんのかもな。
って、ん?
「それとこれ、どー関係すんだよ」
「はぁ。頭固いね。私は要が望んだの。その本人は崩玉と同じ力を持ったものを持ってる。つまり?」
「周囲の人物の気持ちを汲み取り、現実にする、か」
「ご名答♪」
オレの中で、やっと繋がりができた。
そう言えば、という形にはなるが、正月以降要が昏睡状態に陥ったとき、もう二度と目が覚めないと思っていたのに凪が来たことによって目を覚ました。
つまりあの時、このチョーカーは「目を覚ましてほしい」と言う凪の願いを聞き入れていたんだ。
そして逆に言えば、「目を覚ましてほしいけど、このまま覚めない方が」と考えていたオレの気持ちも聞き入れていたから昏睡状態になっていたんだ。
一気に罪悪感に苛まれるが、過ぎたことでもある。
「これを手に入れたのは、偶然かはたまた必然か。ま、今となってはどうでもいいことだけどね」
そう言うと、フィリミオは手を叩いた。
仕切り直しだ。
そう言うかのように。
いや、実際仕切り直しだった。
「それはともかくとしてね、修業やるよ修業。ね、要のお兄ちゃん♪」
「だから違ぇっての」
オレは再び鎌を作り出して構えた。
要が作り出した存在、フィリミオ。
その力量がどれ程のものか、全く検討もつかない。
念には念を入れ、鎌の強度を幾分か上げておいた。
「油断してると危ないよ? 私は力のために生まれたんだから」
フィリミオも短刀を取り出して、構えた。
!?
あの構えは、まさか……!!
「吹き抜けろ、霜天氷龍」
「何だと!?」
あれはブレスの力で発動させていたはず。
ここでは使えない力のはずだ!
「言ったじゃん。私は力のために生まれたんだからって。要はブレスの力の現実化を望んでいた。
だから私はパワーアップさせたときと同等の身体能力をもち、ブレスを使うことなく斬魄刀解放をすることを可能とした。
私は、要とは違う」
氷の短剣がつがえられた。
ヤバい。
心の底から思った。
先に動いたのは向こうだった。
走りながら短剣に力を込め、振り切る。
その切っ先から大量の氷柱がオレに向かって飛んできた。
全て鎌で粉砕するものの、引き戻す前にがら空きとなっていた腹部に強烈な蹴りが入った。
「ぐふっ」
重い。
僅かに、しかし確かに骨が折れる音が聞こえた。
体勢を立て直す間もなく更なる斬撃が襲いかかる。
「怒濤の旋風吹雪の如し、ってね」
「!?」
ケラケラと笑いながら言われたその言葉に、一瞬動きが止まる。
その隙を突かれ、気づけばオレの胸には深々と短剣が刺さっていた。
氷でできているせいか、そこだけが異様に冷たい。
だけど、
「やっぱ、所詮は人間だな」
「え……? がは……っ!!」
足元から崩れるフィリミオ。
その理由は、オレが“後ろから”頸動脈に打撃を与えたから。
オレから血は、一滴も流れていない。
「オレがまやかしの一つや二つ使えないとでも思ったか? 神だぞ?」
「ははは……悔しいなぁ」
ぐったりと乾いた笑いを浮かべるフィリミオ。
頸動脈に衝撃を食らうと、体が一時的に麻痺して動かなくなる。
それが効いているらしい。
彼女は最後に「バーカ」と呟くと、ふら……と意識を失った。
それを抱き抱えるようにして支える。
刹那、純白の髪が霞のように消えていき、いつものエメラルドグリーンの短髪へと戻った。
服装も学ランに戻っている。
「お疲れさま、要」
口元に手を当てたあと、オレはそっと、要を床に寝かせた。
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