Index/Top/About/New/Novel/Original Novel/Album/Blog/Mail/Clap/Link





 











  



  
その帝国に鐘の鳴る

 
 前回のおはなし

帝国のみんなへ。
えりぃです。ここまで見に来てくれてありがとう。
帝国とそこで暮らすみんなへの感謝の気持ちを込め、物語を書きました。
なるべく分かりやすく、読みやすく書いたつもりです。よかったら見ていってね。
また、事前にとった「物語に出していい?」アンケートを中心に、ふんわり国民たちを借りているよ。
「あ、自分はこの枠かも?」くらいの気持ちで楽しんで欲しいな。
全部を盛り込むことはできなかったかもしれないけれど、全員へ愛を込めて。

****

その帝国に鐘の鳴る



その祝祭日は、人によっては何という事もない平日だった。
「それじゃあ瑛理、申し訳ないんだけど」
「大丈夫だよ、お母さん。お仕事大変なの、ちゃんと分かってるから。ほら、飛行機行っちゃうよ?」
だから、こんな事、何でもない。
冬の冷えた玄関で、急に仕事が入った母は何度も見送る私を振り返った。私はそこでいい子の笑みを浮かべたまま手を振り返した。だって、他に何が出来たというのだろう。
行かないでなんて言えるわけもなかった。一人にしないでと、そんな我儘を述べられる年齢でもなかった。
ここから三日間、母は出張で家を空ける。父は単身赴任で、広い一軒家には女子高生が一人残るだけだ。
時は十二月二十四日、世にいうクリスマス・イヴ。
乾いた風が開いた玄関の隙間から頬を刺す。やがてそれはぱたんと軽い音を立て外界と室内を隔てた。母の背中はもう見えない。暖房で温められた居間はやけに空虚で、意味もなく凍える気がした。
「……あーあ、どうしようかなぁ、今日」
一つずつ丁寧に開封してきたチョコレートのアドベントカレンダーが、恨みがまし気にこちらを見ている。一人きりの夜が確定した朝だった。底冷えするばかりの、朝だった。



日常は普段通りであるから日常と呼ぶ。やはり今日は平日で、単なる日曜日だ。だからイヴと被ったところで月曜日が振替休日になったりなんかしない。
それでもやはり、今日は祝祭日なのだ。
ふわふわの絨毯の上に掃除機をかけながら、音の聞こえないテレビを見遣る。先程まではイルミネーションの紹介をしていた。それをただ眺めるだけの午前だった。せめて映像を見れば、この何処へも行けない物足りなさが埋まるかと思ったのだ。けれど一人では何を見ても遠いばかりで、やがては諦めが勝った。
意識しないようあえて普段通りの日課に取り掛かり、そして。
現在垂れ流されているのは、何処ぞの有名パティシエのクリスマスケーキ特集だった。チョコレートのコーティングの上から粉砂糖が振りかけられ、クリームの麓にはラズベリーが鎮座している。小さなそれはおひとり様用と言って差し支えなく、それが胸に仄かな希望を灯す。大丈夫だよと囁かれたような気がした。
――可愛い。いいな、やっぱり出掛けようかな。
掃除機を片し、視線を時計へ移した。十四時。家事を済ませただけの日曜日に華を添えるには少し遅いかもしれない。けれど、一人だったらどうにでもなる。
ぱたぱたと自室に駆け込み、ドレッサーの前に座った。普段は二つに結い上げている髪を降ろして、うさぎとリボンのバレッタで飾る。桃色のリップグロスで彩りを添えた。ニットの上からお気に入りの外套を羽織ればほら、もうすぐにだって出掛けられる。
一人だって楽しんでもいい。ねえ、そうでしょ?
街に出たら何をしよう。お洒落なカフェに入って、チョコレートのケーキを食べようか。百貨店でアクセサリーを見てもいいし、それとも、書店で来年の手帳を見繕うのもいい。
予算は母が置いて行った一万円。それを財布に入れて、軽やかに階段を駆け降りた。ポシェットがぷわぷわと弾んで上向いた心に寄り添う。それからぴょんぴょんと階下へ降りて玄関を開けた。薄く開いたそこから眩い光が差し込んでくる。
世界はただ明るく、声もなく私を外へと誘っていた。



――結果は控えめに言って、大満足であった。
まず歩いている途中ではらはらと雪が降り出したのが嬉しい。ホワイトクリスマスになればいいって、ずっと、ずっと思っていた。街路樹の麓は花も枯れ土が剥き出しになっていたけれど、そこに少しずつ白が降り積もる様は、化粧をしたガトーショコラとよく似ていた。華奢な六花は都会のそれであるというのに粉雪で、時に災害をもたらすと知ってなお儚げにすら見えた。甘く緩やかに冬の砂糖が舞う。可愛いくて美味しそうで、クリームとラズベリーがあればきっと完璧だったと思う。
そんなことを考えながら散歩をして、予定通り百貨店へ向かった。目的地では手帳も買ったし、自分用に贅沢をしてお高いチョコレートも買ってしまった。仲良しのおきちゃんへの贈り物はブレスレット。
それから楽しかったのはそう、通りかかったゲームセンターのフロアで熱い試合が行われていた事だろうか。白いワンピースの少女がジョイスティックを巧みに操る姿に、つい後ろから拍手を贈った。ああそれから、多肉植物のコーナーも良かった。とげとげして、しかしふっくらとした生命。小さいの、こんど友達に分けて貰おうかな。
ちなみに壊れて困っていたケトルは……あれは、イヴの前に通販で買ったからよしとする。
やっと一息。チェーンのカフェ店内で端末を開き、撮った写真をSNSへ投稿した。もう食べ切ってしまったけれど、小さな可愛いケーキを注文していたのだ。真っ赤な苺を戴く、真っ白なガトーフレーズ。いまは皿も下げてしまって、残るはカップひとつである。
遠くて近い友達へも、お裾分け――というつもりでの投稿。たちまちそれにはたくさんのリアクションが付いた。いいな〜、おいしい、もぐ……、エビのはないのっ?
「ふふっ、だからね、この写真がそうなんだってば」
思わずくすくすと笑い、ぽろりと呟く。私の友人たちは今日も実に賑やかだ。小さな一枚板の向こう側、そこには世界が広がっている。それは私のもう一つの居場所であった。
その名こそ、シュリンピア帝国である。
電子の海の中を私はひとりの海老として泳ぎ、そこに居る誰かと出会う。相手もまた海老である。時にそれは蟹であったり植物であったりもするけれど、そこに在る限りみんな海老である。海老だと言ったら海老なのである。たとえ通知欄に、溶けそうで溶けていない雪だるまが存在するのが現実だとしても。
おどる、踊る。画面の中ではあまたの情報と感情が飛び交う。ガジェットの話から音楽の話に変わり、聖夜のイメージ曲から始まり果ては寝落ちAIサウンドまで鳴り響く。皇帝が冬の装いと眼鏡を配り、絵文字庁は新たな実装のお知らせを流した。そこかしこで駄洒落が沸いてはどこかへ連行されている。かと思えばプリンの討伐報告が上がった。そのすぐ上ではワニの尻尾が揺れ、朝顔が咲き、子ウサギが飛び跳ね、4Kでドット絵もまた飛び跳ねたコガ。
更に言えば、そこでは既に大人達による酒盛りが行われていた。頭の上が人間のそれでない人達は特に飲む。もう飲んでるという報告と共にクリスマスらしいシャンパンが投稿されていた。途端にアルぷっぷ〜がつくのは最早ご愛嬌であるが、それは全くもってその通りだった。時刻は十六時。空は雲に隠れきっておらず、それでも柔らかに雪を降らせている。雲間から差す黄昏に染まる祝祭日は、見事なまでに美しく夕方であると主張していた。
笑みと呆れを吐き出して肩をすくめ、視線を端末へ戻す。
するとどうだろう、酒ばかり飲んでいるなとタコ刺しが投稿された。今食べてるの分けてあげるから胃にものを入れろ。ありがとうツマミに丁度いい。じゃあ俺はケンタッキーあげる。ありがとうツマミに丁度いい(?)。じゃあ自分からは5尺5寸70kgの対落雁あげる。ありがとうツマミに丁度……ちょうど……? あけましてクリスマスございますザ。ブリボボ。
そこからは大宴会である。それぞれが電子の海に一品ずつ持ち寄り始めた。写真が並び、架空の食卓を彩る。それはなんて可笑しくて優しいクリスマスパーティーだろう。
いいな、私もその輪を飾る一つになりたい。
衝動のまま手元のマグカップを傾ける。甘やかなベリーのココアが喉を滑り落ちてゆく。勢いのまま立ち上がり、雪の中へまた出て――。
だってそうでしょ。鉄は熱いうちに打つべきで。宴会もまた、終わる前に参加しなくちゃ意味がないんだもの!




百貨店の中とスーパーを梯子し、計画に必要なものを取り揃えた。それから走って家に帰る。やはりぷわぷわと揺れるポシェットが、すぐにでも訪れる時間の期待を感じさせた。
雪が降っている。ふわふわと降る砂糖はだいぶ積もり、道はガトーショコラからガトーフレーズに変化していた。寒さで冷えた鼻はきっと赤くなって、そう、白いコートを翻し赤を添えたわたしもきっと。
クリスマス・イヴは終わっていない。まだこれから、いまこれから。
開け放った扉は外界と私を隔てて閉まった。朝と同じ、けれど朝とは何もかもが違う。そこは薄暗くて、けれど陰気でなんかありようもなかった。窓から橙の光が斜めに差し込んでいた。クリスマスの飾りなんて何もないその空間は、しかし仄かな夕日に浮かび上がりどこか荘厳ですらあった。きらきらと降る光の中、その静謐さを崩すように買い物袋を置く。がさがさと鳴る日常こそがひとの温もりを空間に満たすのである。
さあ、宴の支度を始めよう。するりと取り出したまな板の上に野菜を横たわらせ、手早く切っていく。にんじんも、たまねぎも、少し大きめのみじん切り。クリスマスらしいフルーツパプリカは縦に。にんじんと玉ねぎを大きなフライパンに入れてある程度炒めたら、鶏ひき肉を追加した。ちょっと贅沢かも。でもまあ、クリスマスだし、いいよね。
内心で言い訳をしつつ、レンジにかけておいたライスも投入する。ソルティハーブをミルで挽き、お湯に溶いておいたコンソメをあわせれば、一旦まずはここまで。
その間に入れ替わりでレンジで温められていたスープを取り出す。百貨店で買ったそれは海老のビスクのレトルトだ。封を切り片手鍋へと移した。そこにやはり少量のソルティハーブ、追加で胡椒をふり、牛乳を加えて煮込む。別で買っておいた剥き海老を入れるのも忘れない。
さて、そうしたら出来たチキンライスをまあるく皿へ盛り付けよう。空いたフライパンをさっと洗い、溶き卵を流し込む。ふわふわのとろとろにする実力はないけれど、それなりに料理はできるのだ。一人で過ごす夜は、ほんとうは、珍しくも何ともないから。
あっという間に焼き上がった卵をライスの丘の上にふんわりと乗せた。周りを円形にベビーリーフで囲い、丘のてっぺんから海老のビスクをかける。
彩としてグラッセにしておいたフルーツパプリカを飾れば、ほら。海老クリームオムライスの完成である。
それをダイニングテールではなく、こたつへ運んだ。一応ランチョマットを敷いてそれらしく整える。写真を一枚。さあ、これが私からの一品だよ。たまご食べなさい。
写真は瞬く間にたくさんの食べ物たちの輪に加わった。えびだあ! とリアクションがつく。酒飲みたちはまだまだ宵の入り、時間はちょうど夕飯時であるので、タイムラインは活発に次から次へとご馳走を電子の海に流していた。
肉も魚も野菜もプリンも、何故か時折消しゴムや観葉植物なんかも、あらゆるものがその帝国の机上に並ぶ。小さな光が集まって形作られたその大宴会は、紐解けば孤独に揺蕩うのかもしない。しかし確かにそこには見えぬ繋がりが存在し、そしてそれは見える本当を紡ぎ出すのだ。
ぱくり、オムライスを口に運んでタイムラインを眺める。行儀が悪いけれど気にしない、だって今日は祝祭日だから。
そんな中、今日はどうしても長く居られず参加できないのが残念だと悔しがる投稿があった。けれどすぐさま返事が投稿される。
――帝国は毎日がお祭りだから、大丈夫。また明日も会える。
そっか。そうだよね。
その言葉は胸にじわりとしみた。クリスマス・イヴ。その祝祭日は、人によっては何という事もない平日である。そう、一人で寂しさを抱えた時にはなんの色もない一日だった。けれど今日は祝祭日だ。毎日に意味を持たせるものは、自分の心の在り方に他ならない。
雪が降っていた。白く静かに街路を染める。家々のカーテンの隙間から漏れ出た橙の光と街灯を反射して、きらきらと星に負けず輝いていた。小さな光が反射しあい、ひとつの幻想的な景色を作り出している。それは掌の中の国とよく似ていた。
満ちる幸福感そのままに、机上に飾るアドベントカレンダーへ手を伸ばす。中に眠るのは一粒ずつのチョコレート。今日という日が素敵なものになりますようにと指折り数えたその日々は、毎日がかけがえのないものだった。愛していた。愛している。
ぺりぺりと封を切り、やはりその幸せを摘んで食べた。甘く蕩ける日々は、明日もそこで光を待ち侘びている。
寒くて、けれどあたたかな夜。幸せだった。孤独でなんかあるはずもなかった。そこには友がいて、国があり、それは居場所であったから。
昨日も、今日も、明日も。きっと、あさっても。その帝国は祝祭日を迎えるだろう。その祝福は小さな孤独に寄り添い、そっと手を繋ぎあうのだ。
祝すのは出会いを。この瞬間の奇跡を、何気ない日常を。たしかに愛している。この広い電子の海の中、あなたに出会えた奇跡は福音である。
幸せは音を立てて鳴り、出会いは雪のように降り積もる。
だからその帝国には、明日も祝いの鐘が響くだろう。






[ 2/2 ]

[mokuji]

[しおりを挟む]














 

Index/Top/About/New/Novel/Original Novel/Album/Blog/Mail/Clap/Link



×