美しいものを独り占めしたいと思うことは罪なのだろうか。

そんな事を考えながら、小平太は夜空に浮かぶ月を眺めていた。
裏裏山の頂上から見上げる満月はまるで、その輝きが全て自分だけのものであるかのように錯覚させる。
忍術学園から一切休憩なしで走り続けた小平太は後輩たちのことも忘れ、ようやく本日の目的地であった裏裏山の頂上に辿り着いた。気付けば日も暮れていて、月は空高く辺りを照らしている。
小平太は暗闇の中、光を放ち続けるそれを見つめ続けた。


「――っな、七松先輩!」

暫くすると、背後から聞き慣れた声。振り返れば、そこには息を乱した後輩の姿があった。

「滝夜叉丸…」

忍装束は泥で汚れ、額には汗が滲んでいる。滝夜叉丸は両手を膝について前屈みになると大きく息を吸い込んだ。
しかし、居るのは滝夜叉丸だけで、自分を一生懸命に追いかけていたはずの下級生たちの姿が見えない。
三之助たちは、と聞けば、先に忍術学園へ帰しましたと返ってきた。
小平太は、自分を追いかけつつも、下級生たちに気を配る良く出来た後輩にいつも感心させられる。
よしよしと髪の毛についた土埃を払い落とし、頭を撫でてやると子供扱いしないで下さい、と上目遣いでこちらを見てくる。それにやんわりと笑いかけて、直ぐに月へと視線を戻した。


「…綺麗ですね」

やっと呼吸を整えたのか滝夜叉丸が小平太と同じように夜空を見上げて呟いた。
ちらりと盗み見た横顔はとても穏やかに、瞳は眩しそうに細められていて。

「……お前の方が綺麗だよ」
「…!」

不意にも、くさい台詞を吐いてしまった。
いつもなら、当然ですと自慢の一つでもしそうな滝夜叉丸の顔は不意打ちだったのだろう、みるみるうちに赤く染まっていく。
かわいい、と思った。根は素直で優しく、感情をすぐに顕わにしてしまうこの後輩が愛おしくて堪らなかった。

月の光に照らされて、滝夜叉丸の魅力はいつも以上に引き立っている気がする。白い肌も、瞳も、さらさらな髪さえも月光に劣らず輝いていた。
その様は小平太の目に不思議と酷く儚げに見えて、自分よりも一回り程小さな身体を引き寄せ、強く抱きしめた。

「な、な…まつ先輩?」

滝夜叉丸は目をパチパチと瞬かせながら、腕の中にいる理由も分からず首を傾げる。
抱きしめた後輩の温もりを感じて、ひとつぶん違う頭越しに再び空に浮かぶそれを見上げると、先程まで雲ひとつなかった夜空はいつの間にか雲に覆われていた。月は半分程隠れるようにして雲に隠れ、けれど光は失われない。
抱きしめた腕に力が入る。

「…あっ、先、ぱい…!」

苦しいです、と腕の中でもがく彼を無視して、よりいっそう強く抱いた。
首筋へ顔を埋めて、滝夜叉丸の匂いを肺いっぱいに吸い込んで存在を確かめれば、ぽっかり穴の空いたような心が満たされる。
半分まで身を隠していた月はいつの間にか完全に雲に覆われていて、微かに光が洩れるだけ。今にも消えてしまいそうなその淡い光は、何故かこの腕に抱きしめた後輩を思わせた。
恐ろしい程に純粋な彼は、澄んだ瞳で見つめてくる。それは、自分が手にした唯一の光。
腕の中にある存在を誰にも見られないように、あの雲の如く隠してしまいたかった。

「――滝夜叉丸、離れないで」
「せ、んぱい……?」

他の奴なんかに見せてやらない。何処かに閉じ込め、ずっと隠して、全て自分のものになってしまえばいい、と。けれど、自分勝手なそれをこの後輩が許すはずもないから。
その代わり、抱きしめた腕に力を込める。
たとえ、抱き潰してしまってももう離れることは出来ないのだから。
離して、と言われたって離してなんかやらない。
ずっと傍にいると、そう心に誓って。

「愛してる、滝夜叉丸」

ふと、温かいものが頬を伝った気がした。

月光が二人を照らして、地面に並んだふたつの影はひとつになる。
夜空にはもう、雲一つ浮かんでいなかった。



月より美しい君



どうして。
どうして七松先輩がそんな顔をするのですか。
離れたくないのは私の方なのに。
離れていくのは先輩の方なのに。
何かを耐えるような哀しい顔。

泣かないで。
そんな顔見せないで。





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