冬は、嫌いだ。
大好きなあの人が、いつも以上に触れさせてくれないから。

「触るな、近づくな、あっちに行け」

ぐさぐさと容赦なく突き刺さる言葉の刃に、情けなくも涙声で俺は不満を漏らした。
部活が終わり、影山総帥の元へと報告に行った鬼道さんを校門の前で待つこと一時間。
外の冷気に晒されて、放課後の練習で温まった身体もすっかり冷えきってしまった。
ひゅうと吹き抜ける風は、凍える程冷たい。

「うう、ひどいです鬼道さん……」
「泣くな、鬱陶しい。そこで一生いじけていろ、俺は帰る」

じとりと恨めしげな視線を送れば、さらに一刀両断にされて、本当に涙が出てしまいそうだ。
身も心も寒い。こんなにも拒絶されてしまうなら、いっそ死んだ方がマシかもしれない。
理由は、分かっている。
触らせてくれないのも、必要以上に近づくことさえ許してくれないのも、全部この季節のせいなのだ。

「あっ鬼道さん待ってくださ…っ」
「馬鹿っ、佐久間!こっちにくるな──っひ、ぁ!」

スタスタと速足で俺の数歩先を進む彼を追いかけようと腕を伸ばした。しかし、それは鬼道さんの手首に触れると同時に、バチッと音を立てて離れてしまう。
ああ、またかと思った。
内心舌打ちをしながら、微かに痛みの残る指先をさすって、名残惜しそうに鬼道さんを見る。
駆け抜けた小さな電流に、普段の低音からは想像もつかないくらい可愛らしい声を漏らした鬼道さんは、俺をきつく睨んで、顔を赤く染めていた。

「……だから、嫌なんだ」

元々スキンシップの得意でない彼が、触れられることを嫌がる理由。それは、まさにこれだった。
乾燥した季節によくある静電気。
鬼道さんは誰よりも静電気を溜め込みやすいらしい。
俺だけではない。誰かが鬼道さんに触れようとすれば、必ずその小さな電流が流れてしまう。
何回目、だろう。触れる度に静電気が生じて、とうとう俺に触るな、とまで言われてしまった。
けれど、触るなと言われたって、好きな人に触れたいという気持ちには逆らえるわけがない。
顔を背け、やや俯きながら溜め息を吐いた鬼道さんの表情は見えなかった。
気付かれないように、そっと彼の掌に再び自分のそれを重ねてみれば、鬼道さんはびくりと大きく身体を揺らした。

「な、っ佐久間!」
「もう、大丈夫ですよ」

やめろ、と振りほどこうと躍起になる彼を無視して、今度は掌をしっかりと握る。
何度離そうとしても力を緩めず離れない俺の手に諦めがついたのか、暫くして動きは大人しくなった。

「………冷たいな」
「鬼道さんこそ」

一時間近く外にいた俺の方がもちろん冷えているけれど、鬼道さんの掌も十分に冷たかった。
少しでも温まるように、きゅっと強く握り締める。
握り返されることはなかったが、もう振り払われることもない。
触れ合ったところからじんわりと熱が伝わる。
俺はついつい頬が緩んで、また彼に睨まれてしまった。

「………佐久間、離してくれ」

互いの手がほんのり温まる頃、鬼道さんがぽつりと呟いた。
少し恥ずかしそうにして、耳まで赤くなっている。
小さな声で、離せともう一度弱々しく言われたが、俺はそれに従わなかった。

「嫌です」
「……何故だ」
「寒いので、もっと温めててください」
「もう、十分温まっただろう」
「まだです。鬼道さんのに比べたら俺の手はまだまだ冷たいですし、それに鬼道さんだって指先が冷えてますよ」
「…………」
「あっ、こうするともっと温かいでしょう?」

そう言って俺は、繋いでいた掌を一度離し、指先を鬼道さんのそれと絡めた。所謂、恋人繋ぎというやつだ。
ちらりと鬼道さんの顔を見れば、一瞬驚いたように目を見開いた。といっても、ゴーグル越しでよく分からなかったが。

「鬼道さん……?」

何か言ってくれるかと思いきや、鬼道さんは何も言わずに無言で歩き出した。
機嫌を損ねてしまったのかと不安になるが、そういうわけでもないらしい。
繋いだままの掌を引っ張られ、後をついていく。
どうにか会話をしようと、俺はふと頭に浮かんだ台詞を口にしてみた。

「早く、春になればいいですね」
「……そうだな」

返ってきたのは、たった一言。
そして俺の姿を一瞥した後、すぐに目を反らした鬼道さんの表情は、ほんの少しだけ綻んでいたような気がした。



大好きな貴方と巡る季節



冬は嫌いだ。
愛しい彼と手を繋ぐことさえも容易ではない。
それでも、気温との差でこんなにも体温を近くに感じられる季節は他にない。
だから、こうして手を繋いだり、触れたり、些細なことで幸せになれる俺は、このまま少しでも長く冬が続けばいいと思ってしまうのだ。





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