「――悪い!遅れた…っ」

予想外に仕事が長引いてしまった俺は、約ニ時間遅れで漸く約束の場所に辿り着いた。
突如、頭に響いた耳を塞ぎたくなるような騒がしさはひどく懐かしいもので、まるで学生時代に戻ったかのようだ。

「おー風丸ー!こっち来て早く飲めよ!」

騒音の中でも聞き逃すことなんてない幼なじみの声に導かれるままテーブルにつく。
同時に、目の前へとビールのジョッキを差し出したのは中学時代の後輩だった。

「かっ風丸さん久しぶりでやんすぅ〜!」
「あぁ、久しぶりだな栗松!」
「風丸さ〜ん!」
「壁山も。元気だったか?」
「はいッス!」

涙声で再会を喜ぶ後輩たちの笑顔に仕事の疲れもぶっ飛んでしまいそうだ。
久しく会っていなかったといっても、たった一年ぶりの再会なのだが、こんなにもひどく懐かしさを感じるのは、酒の席だからだろうか。
正確に言えば、円堂の結婚式以来になる。
手渡されたジョッキに口をつけ、一息ついてから周りを見渡すと、かつてのチームメイト達はもうすっかり酔いが回っているようで、飲み、食い、笑い、どんちゃん騒ぎを繰り返している。
隣に座る円堂も、屈託のない笑みをさらに深め、心底楽しんでいるようだった。

「ううっおっ俺、またキャプテンに会えるなんて感激ッス…!」

昔と変わらず食の細くない壁山は、もぐもぐと口にものを含みながらも、目の前の円堂を見て、大きく嗚咽を漏らした。
社会人になった今では割りと近場にいる俺でさえ、学生時代の後輩や友人達と会うことは少ない。だから尚更なのだろう、円堂と再会できる喜びは。

「何言ってるんだよ壁山!これからはいつでも会えるんだぜ?」
「キ、キャプテン…!」

そうなのだ。円堂の言う通り、これからは会おうと思えばいつでも会える。
きっと後輩達にとって、ヨーロッパで活躍する円堂は遠い人のように感じていたのだろうが、円堂はプロを引退し、日本へ帰ってきた。
中には仕事の都合等で稲妻町を離れた奴もいるが、国境という最大の障壁がない分、前よりも会う機会だって多いはずだ。
またこうして昔の仲間達と集まって馬鹿騒ぎすることも増えるのだろう。


「……それにしても、円堂が結婚するなんてなぁ…」

円堂のちょうど斜め前に座り、顔を真っ赤に染めて半分酔い潰れかけていた半田は感慨深そうに、そう呟いた。
それはきっと、かつての雷門イレブンの誰しもが思ったことだ。

「まさか、あの!円堂がな!」
「むっ、なんだよそれー!」

半田の呟きに隣の染岡が悪乗りし、言われた当の本人はぷくりと頬を膨らませる。
すると、興味深げに話の成り行きを見守っていたマックスが、ふと不思議そうな顔をして、円堂へと疑問を投げかけた。

「あれ?そういえば、奥さんはどうしたの?」
「へ?あぁ、それは………」

なんでも、円堂の話によると、日本での生活が落ち着くまで別々に暮らすとのことだった。
元々あっちでの暮らしが長かったらしい彼女は、日本への帰国にあたり色々と済ませなければいけないことがあるようで、環境の変化についていく為にも、ある程度身辺を落ち着かせてから、という話になったそうだ。

「いやぁ、実はまだ家決めてなくてさ」
「それってどうなんだよ……」
「家のこととか考えるの忘れてたんだよなー。実家じゃ狭いしさ…」

あはは、と渇いた笑いを溢す円堂に、俺は呆れてものも言えない。
普通、帰国と決まった時点で、そういうものは決めておくべきことではないだろうか。
けれど、さして気にもしていないのか、円堂はそのまま言葉を続ける。

「……って、そんなことより!言うのすっかり忘れてたんだけど俺、雷門の新しい監督になるんだ!」
「はぁ…!?」

その場にいた全員が円堂の言葉に声を張り上げた。
そんなこと、で済ましてはいけない問題だとは思ったが、それよりも円堂の口から発せられた事実に開いた口が塞がらない。
しかし、相変わらず無計画で奔放な円堂に呆気に取られた面々は、結局笑うことしかできなかった。
俺を含め、真面目な鬼道や豪炎寺は溜め息をついて苦笑いを浮かべ合う。

「まぁ、いいんじゃないか?……まったく、円堂らしいよ」
「そうだな…」

本当に、どうかしている。
常識など一切関係ない、けれどひたすらに真っ直ぐなこの男の発言に驚かされることは、今に始まったことじゃない。
そして、その円堂についていったのは紛れもない俺達で、未だ変わりない絆に安堵を覚える。
笑い声の中心にいるのは、いつも円堂なのだ。

「じゃあ、円堂が雷門の監督就任ってことで乾杯し直すか」
「まだ正式に決まったわけじゃないけどな!」

そう言って、俺達は各々に酒を交わし合った。
仲間達の晴れやかな笑顔が、そこにはある。
昔話に花を咲かせたり、くだらないゲームに興じたり、まるであの頃に戻ったかのような時間は本当に楽しくて、もっとこの時間が続けばいいと、俺は心の底から、そう願わずにはいられなかった。





「…おい円堂、自分で歩けよ」
「うーん…むり…ぃ」
「……それ、大丈夫か?」

うう、と唸り声を上げるのは背中に寄りかかっている円堂だ。
一人では真っ直ぐに立ってもいられないのか、ずっと俺の肩に身を任せたままでいる。
円堂を気にかける豪炎寺に、俺は呆れ顔で苦笑するしかない。

「久しぶりに皆と会って嬉しかったんだろ。ここからなら円堂の家より俺ん家の方が近いし、連れて帰るよ」
「あぁ、よろしく」

どちらかといえば酒には強い円堂が、酔い潰れるまで飲むのは珍しい。よっぽど、昔のチームメイトとの再会が嬉しかったのだろう。
他のメンバーも相当酔っていたが大丈夫なのだろうかと、心配になる自分に、ふと笑いが込み上げてきた。
円堂の腕を肩にかけさせ、背負うようにしてから、豪炎寺に別れを告げる。
豪炎寺の姿を見送り、やっと俺と円堂は帰路につく。

「……ま、る」
「円堂?」
「……ん〜…」
「……寝言かよ」

半分夢の中にいる円堂の体重がずっしりと背中にのしかかり、ほぼ全身の重さがかかっているせいか、歩く足取りは重い。
けれど、俺は決してそれを苦だとは思わなかった。

「円堂、」
「………ん」

なんとなく名を呼べば、気づいているのかいないのか、円堂が微かに身じろぐ。
夜も更けて、静かになった夜道は、車の通りも少なく、歩道には誰ひとりいない。
自分の靴の音と後ろから漏れる規則正しい寝息だけが聴こえてくる。
火照った肌に触れる夜風は、ひんやりとしていて気持ちいい。
そうして、暖かな円堂の温もりを背に感じたまま、俺は自宅へと向かった。





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