シャリ、と銀のスプーンで掬い上げたそれは夏の風物詩で、見ただけでも涼しげな気分になる。

「んーつめたい!やっぱり夏はかき氷だよね」

たっぷり緑色に染まった氷を口いっぱいに含んだ緑川は、うっとりと表情を綻ばせた。
舌の上で溶けた氷と鮮やかなシロップの甘ったるさが口の中を満たす。昼間の激しい練習ですっかり体内にこもってしまった熱を冷やしてくれる冷たさが身にしみて、生き返るようだった。
テーブルへ色とりどりに並べられたかき氷の列は、メンバー達の腹へ次々とたいらげられていく。

「あはは、壁山舌が青いでヤンス〜!」
「うう、頭が痛くなってきたッス…」

ついこの間までの鬱々とした天気はどこにいってしまったのか、あっという間に梅雨は過ぎ去り、どことなくテンションの高いチームメイトの変わらない賑やかさが夏の訪れを感じさせる。
はしゃぐ栗松と壁山を横目にしつつ、かき氷に舌鼓を打っていると聞き慣れた声が耳をくすぐった。

「緑川はメロン味なんだ」
「ヒロト」

いちご味のかき氷を手にしたヒロトは緑川の隣へと腰掛けて、手元のそれを口に運ぶ。

「……緑川は昔からかき氷好きだよね」
「うん、だいすき!」

幼い頃は、お日さま園の皆でかき氷を作ったりもした。とくに理由はないけれど、緑川は自身の髪によく似た緑色のシロップがすきだった。
血は繋がっていなくとも、たくさんの家族と過ごした思い出はいつまでも鮮明で、ふと蘇った懐かしい遠い記憶に想いを馳せる。

「ねぇ、俺もメロン味食べていいかな」
「うん、いいけど」

はい、と氷を掬い上げて、口元へと差し出したら、ヒロトは一瞬目を丸くし、くすりと笑った。
つい昔からの癖で、端から見たら恋人同士しかやらないようなそれも、ヒロト相手なら恥ずかしげもなくすることができる。
周りの視線なんて全く気にならなかった緑川は、ヒロトの口に消えていく氷を見送る。
冷たさに目を細めたヒロトは、まるで猫のようだ。

「…なんか、あれだね」
「なにが?」
「俺が緑川を食べてるみたい」
「は?」

普段あまり表情を崩さないヒロトにしては珍しく、無邪気な笑みを浮かべて放った言葉に緑川は心底意味の分からないような表情を浮かべた。

「色だよ、色」
「いろ…?」

互いのかき氷を指さしたヒロトは、緑色のメロン味のシロップは緑川、若干ピンクがかった赤のいちご味は自分だと言いたいらしい。
漸く言葉の意味を理解し、いつものようにからかっているのかと思って、緑川は悔しげに頬を赤く染めながらヒロトを睨む。けれど、にこにこと微笑みを貼り付けた表情には何もからかいのようなものは窺えない。

「もう、なにいってんのヒロト…」
「ふふ、冗談だよ。ほら緑川も食べる?」
「えっ、う、うん」

同じようにして差し出されたそれを素直に口に含めば、いちご味のシロップが口内に広がる。
ひんやりと舌を濡らす感覚が、気持ちいい。
幸せな気分に浸っていると、不意にヒロトの顔が近付いた。

「な、なに」
「あぁ、緑川もすっかり舌が緑色になっちゃったね」
「え……」

自分の唇を、相手のそれを知らせるかのように舌を出したヒロトが、ぽかんと口を開けたままの緑川の舌を覗く。
ほら、と笑ったヒロトの動きが映画のワンシーンのようなスローモーションに錯覚した。
急に頭まで暑さにやられてしまったのだろうかと、ぼんやりとした意識でちろりと動いた目の前にある赤い舌を、つい目で追いかけてしまう。
それは、いちご味のシロップに染まって、果物が熟したみたいなみずみずしさが、緑川の瞳にひどく艶かしく映った。

「……緑川?」
「…〜〜ッ!」
「どうしたの…?」

一度意識してしまうと、どうにもならなかった。
不埒な想像までもが浮かんでしまいそうで、かき消すように首をぶんぶんと振る。
突然、先程と比べものにならないくらい耳まで顔を真っ赤に染めた緑川に、不思議そうに首を傾げるヒロトから勢いよく目を逸らして、慌てて溶けかかっていたかき氷を器からかきこんだ。
直後にキーンと、緑川を襲ったのは、アイスや冷たいものを食べた時によくある頭痛だ。

「そんなに食べてお腹壊しても知らないよ?」
「だっだいじょうぶだよ…っ!」

腹を壊そうが、頭が痛くなろうが、そんなこと知るものか。
気にする余裕などなく、夏の暑さに溶けきった脳内を占めた何かを振り払おうとすることに必死で、心配の色を浮かべたヒロトの忠告を無視してかき氷を口に入れる。
けれど、舌に痛みのような痺れさえも感じさせる冷たいかき氷は、きっとどんなに頬張っても、顔に集まった熱を一向に冷ましてはくれないのだろう。

「ねぇ、緑川」
「っ…なんでもない!」

どこかむきになってかき氷を食べ続ける緑川の様子を、おかしそうにしながら見つめてくる。
ヒロトの薄く開いた唇から覗く赤い舌が、どうしても頭の中から離れなかった。



キミイロメルト








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