キスの経験なんて数え切れない程ある。それも、触れるだけのキスから、舌を絡め合う大人のキスまで。
なのに、どうして胸の高鳴りが抑えられないのだろう。
互いの唇同士を、ただ触れ合わせるだけのその行為が。

「ん……」

何となく、目は閉じずに柔らかな感触が訪れるのを待った。
瞳を閉じてしまえば、彼女の表情が見えないことにもったいないと感じてしまうから。
迫る彼女の顔が、閉じられた瞼の、長い睫毛が揺れて、ほんのりと色付いた頬が可愛らしい。
きっと初めてだろうに、恋愛事には疎い彼女が自らこの行為を試みていると思うと、優越感にも似た思いが沸き上がる。
こんなにも、時が止まってしまったかのように、時間がゆっくりと流れる感覚を自分は知らない。
いっそのこと、このまま本当に止まってしまえたら良いとは思うが、そうなれば一生愛おしいこの唇を味わうことができなくなってしまうのだから、急く気持ちを止めずにはいられなかった。

「鬼道さん、」

促すように彼女の名前を呟けば、そっと開かれた真っ赤な瞳が不安そうに揺れた。
眉尻を下げながらも、決して逸らさずに真っ直ぐに見つめてくる潤んだそれが堪らなくて嘆息を吐く。
しかし、それを呆れと受け取ったらしい彼女は視線を伏せて、表情をさらに朱へと染める。

「さく――」

ああ、やはり我慢出来そうにない。
緊張と羞恥で強ばった身体に出来るだけ優しく触れ、腕を後頭部に回してそっと引き寄せた。
そうすることで漸く距離は縮まり、唇は触れて重なり合う。
せっかくの彼女の勇気を無駄にしてしまうようで、申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、あんな表情を見せられては耐えられるはずがないのだ。

「ん、……ふ」

思った通り。彼女の、まるでマシュマロのような感触に酔いしれる。
互いの唇同士を、ただ触れ合わせるだけの行為。
けれどそれは、今まで味わってきたどのキスよりも甘く、いとおしいものだった。



砂糖菓子よりも甘く





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