狭くて窮屈で苛立ちばかりを募らせるつまらなかった毎日が、魔法にかけられたように、まるでモノクロだった世界がカラフルに色付いたかのようにくるりと反転した。そう、賑やかで眩しい光がいっぱいに満ち溢れたのだ。あの日、彼と出会った瞬間から。

何が輝いたんだろう。
何が眩しかったのだろう。
何が世界を変えたんだろう。
なんでこんなにも、きみのことばかり考えてるんだろう。

ねぇ、どうして?

あの日、運命が廻り出したことに。ふたりはまだ、気付いてない。




「…ふっ、くだらんな」


吐き捨てるようにそう言って、ロッカーに貼られた赤い紙を破き、ぱたりと静かに扉を閉めた彼が振り向く。彼の様子をにやにやとしながら見ていた連中に向けられた冷ややかな見下すような視線、その瞳の色に佐久間はぞくりと背筋に何かが走るのを感じた。ルビーよりも深い赤。宝石よりも彼の瞳の方がずっとずっと美しいと、そう思った。


「お前らの遊びは理解できん」


ぐしゃりと紙が握り潰された音が静かな廊下に響く。彼を囲む連中の間に流れる空気も、彼の瞳の奥底に潜む静かなる色と同じく凍り付いていた。そしてまた、佐久間も魅入られたようにその場から動けない。


「なんだ?まだ何かあるのか?」


あくまで挑戦的な言葉と高圧的な態度に呆気に取られたらしい連中は動けないようだった。そんな彼等を一瞥して、彼はするりと横を抜けて歩き出す。その背中から目が離せない、思わず、見えなくなるまで追ってしまった。

心臓が鳴り止まない。まるで全力疾走をした後のように鼓動を打ち続ける心臓の辺りの、胸の制服をかき集めるようにして握り締めた手が震える。


「(…なんだ、これ)」


落ち着かない胸騒ぎ、どきどきが止まらない。こんなこと始めてだ。他の物なんて目に入らない、彼の姿しか思い描けない。他の音なんて聞こえない、彼の声が耳から離れない。あの瞳に映りたい。


「佐久間ー?何やってんだよ」


後ろから投げ掛けられた声に振り向く余裕なんてなかった。怪訝そうな顔をして「佐久間?」と名を呼ぶ不動の顔より、もう見えないはずの彼の顔が見たかった。

佐久間の感情が、彼もまだ知らぬ何かが、奥底の見えぬ渦へと深く深く、落ちていく。ような感覚。けれど不思議と怖くはなかった。むしろ高陽感に包まれている。


「珍しく朝からいると思ったら寝ぼけてんのか?…つーかなーんか騒がしいじゃねーの、なんかあったのか?」


そんな佐久間の心情など露知らず。にやりと人の悪い笑みを浮かべて、寄り掛かるようにして不動は佐久間の肩に手を置いた。


「…あった」
「はあ?」


返事が返ってくるとは思わなかったらしい。至近距離にいたせいで佐久間の小さな、独り言にも近い呟きは不動の耳に届いた。しかしよく聞き取れず、不動は聞き返す。


「何があったんだよ。俺にも教えろ」


佐久間の褐色の瞳が、動いた。吹き込んだ風に揺られてさらりと流れた銀色の髪に朝日が反射し、その眩しさに不動は目を細める。そして佐久間が口を開いた。


「…俺、明日もこの時間に来る」
「……は?」


思わず、不動の口から間抜けた声が零れてしまった。しかしそんな反応をされても佐久間の表情は変わらない。何かを決意したような凛々しい表情をしている佐久間を見て、不動はますますわけがわからず剣呑そうに首を傾げるのだった。


「(こんなに生き生きした目をしたこいつを見んの初めてなんですけど。マジで何があったんだよ気になるじゃねーの!)」




この感情に名前を付けるとしたら。それを人は、恋と呼ぶのだろう。








11.6.1/Y


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