だるい。腹が痛い。頭痛がする。腰も痛い。なんだか肩まで痛くなってきた気がする。
これだから嫌なのだ、女子というのは。

「かっぜまるー!」
「………」

鈍痛を訴える頭に円堂の声がガンガンと響く。
ガチャッと勢いよく開かれたドアは、また大きな音を立てて閉じられた。
円堂は部屋に入ってくると、私が横になるベッドのすぐ前へと歩み寄ってきた。私と目線が合うように床にしゃがみ、笑顔を向けてくる。
無視だ、無視。返事をする気力などあるわけがない。
こちとら生理痛で動くことさえ辛いのだ。しかも三日目。できることなら今日は何もしたくなかった。
毎月一度は同じ辛さを味わっているとはいえ、未だにこの独特の痛みには慣れなくて、どうして女に生まれてきてしまったんだろうとつい考えてしまう。
目の前で呑気に笑っている円堂が恨めしい。次、生まれ変わるなら男がいいな。
そんな事を思いながら、暫くは終わりそうにない苦痛に耐えていた。

「なー風丸」
「……なんだ、円堂」
「サッカーやろ――」
「嫌だ」

無視を決め込んでいたのに、風丸、風丸、とあまりにもしつこく名前を呼ぶものだから仕方なく応えてやれば、円堂から発せられたのは案の定お決まりの台詞。
呆れて溜め息も出ない。言い終わらない内にきっぱりと断ってやった。

「かーぜーまーるー」
「無理だ」
「俺、風丸とサッカーやりたい」
「やだ」
「なんで?」
「だるい。腹痛い。頭痛い。腰痛い」
「え、風邪か?」
「…………」

どうしてここまで言って察することができないのか。
腹痛、頭痛、腰痛。
これらから導き出される答えなんて言わなくても分かるだろうが。
普段なら、私だって円堂に付き合う。今だってできることならやってやりたい。
たとえ生理痛や風邪だとしても、多少のことなら我慢できるくらいに円堂とのサッカーは楽しいし。
それに今日は、部屋の窓から覗く太陽がいつも以上にさんさんと輝いていて、見る限り最高のサッカー日和という感じだ。円堂が興奮で目を輝かせる気持ちも解る。
けれど今はどうしてもサッカーをやる気分にはなれなかった。今回は自分で思うよりも、症状が重いらしい。
腹の奥までずん、と沈むような特有の感覚が気持ち悪く、腹痛は治まる気配が全くない。身体中だるくて、思うように動けそうになかった。
辛いんだ。もう何もしたくない。休んでいたい。わかってくれよ円堂。
どれだけ目で訴えてみても、どうせ円堂はこの上ない程の鈍感だから、私の体調の変化に気づきはしないのだろう。
幼なじみが体調不良の時くらい気付けよ馬鹿。
相変わらずな円堂を前にして、頭の痛みも更に増してきたように思えた。
そもそも何で円堂が私とのサッカーに拘るのかが解らない。
第一、女の自分とやったって何の特訓にもならないだろうに。

「……染岡達でも誘ってやってこいよ」

そうだ、円堂とサッカーできる奴なんていっぱいいるんだ。私なんかに構ってないで、他の奴らでも誘えばいい。
そう言ったら、円堂は拗ねた子供のような顔をした。いや、今でも十分子供だけど。

「うーん…風丸がやらないなら俺もいいや」
「は?」

てっきり円堂のことだから、嫌がる私を引きずってでも無理矢理付き合わせるか、もしくは私の言う通り、染岡達を誘うと思っていた。
サッカーをやらない。そんな選択肢が円堂の中にあるなんて信じられない。
熱でもあるのかと思わず問いただしたくなる。
珍しいこともあるものだ。

「そりゃあ、染岡達とサッカーやるのは楽しいけどさ」

訝しげな視線を送っていると、円堂はいつの間にか持ち込んでいたらしいサッカーボールを撫でながら言った。
けれど瞳は私を真っ直ぐ捕えたまま。それは何処か真剣味を帯びているようで。

「俺は風丸とやるサッカーが一番好きだ!」

まさかそんな事を言われるだなんて思ってもみなかったので油断していた。
本当に円堂は不意打ちで人の中へ入り込むのが得意らしい。
そんなんだから天然とか、タラシとか好き勝手に言われるんだ。
あの円堂に、他の誰でもない、自分とのサッカーが楽しい、と満面の笑みで言われて。嬉しくないはずがない。
ああもうリアクションに困る。
恥ずかしくて顔が見れないだろうが。

「……円堂」
「わっ風丸?」

むくりと上半身だけ起こし、視線を合わせないまま、床にしゃがみ込んでいる円堂の腕を引き上げてベッドへと座らせた。
円堂の真横へと移動した私は、そのまま肩にもたれ掛かる。

「じゃあ、暫くこうしててくれよ」
「あぁ、わかった!」

頭を肩に寄せて円堂に身を委ね、暫くの間は他愛のない話をした。
しかし気付けば、会話は途切れ、私達の間には沈黙が流れている。
円堂は何も言わずに、私も自ら口を開こうとはしなかった。
けれど、この沈黙は気まずくなく、不思議と苦ではない。
円堂は何を考えているのだろう。
横目で円堂を伺えば、ふいにこちらを向いた円堂の瞳と視線が交わる。
円堂の顔が妙に近くて、顔を背けたくなかったが、今更恥ずかしがる必要もないか、と思い直した。

「……なぁ、風丸」
「ん?」

円堂が私の名を呼んだ。
自分の頬がほんのり熱くなっているように感じるが、きっと気のせいだ。そう思うことにする。
円堂と付き合いの長い私には、続く言葉などとっくに予想が出来ていた。
静けさを破ったのは、やはり円堂のその言葉だったから。

「治ったら、サッカーやろうぜ!」
「……あぁ」

やっぱりこの幼なじみはサッカーをやることしか考えていないらしい。どこまでもサッカー馬鹿な円堂に自然と笑みが零れる。
苦笑しながら軽く頷くと、ぎゅうと後ろから抱きつかれた。
苦しい。でも、円堂の体温は温かくて気持ちいい。
なんか眠くなってきたな。
部屋に差し込む太陽の光と触れる人肌の温もりが相俟って、とても心安らぐ気分だ。
私は、このまま寝てしまおうかと瞳を閉じる。
未だに身体を蝕む生理痛が治まることはないけれど、背中に大好きな温もりを感じて、その痛みも少しだけ和らぐ気がした。



残念ながらべた惚れ





title:確かに恋だった

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