夕食を終えた俺達は、それぞれにあそこのパス回しがどうだとか、フォーメーションやポジションの確認だとか、今日も今日とてサッカーの話に花を咲かせていた。

「ところでさ…」
「なに、ヒロト…?」

ざわめく食堂の中、目の前に座っていたヒロトが真剣そうな面持ちで俺を見るものだから、大事な話でもあるのかと身構えつつ、耳を傾ける。

「……緑川って、キスしたことある?」
「は?」

けれど、ヒロトの口から発せられたのは、俺が予想だにもしないものだった。
あまりにも脈絡の無さすぎる発言にうまく頭が働かなくて、俺は口をあんぐりと開いたままヒロトを見つめる。
あれ?俺達って今サッカーの話をしてたんじゃなかったっけ。
何か、聞こえるはずもない単語が聞こえたような気がするが、俺の耳がおかしいのか。そうだ、きっと幻聴だ。
ぐるぐると状況が把握出来ない頭の中を整理していると、再びヒロトが口を開いた。

「キス、したことないの?」
「は、はぁぁああ!?」

キス。
やはり聞き間違いではなかったそれに俺は声を大にする。
というか何で、今?突然何を言い出すんだこいつは!

「ななな、何聞いてんの!?てゆか、お前ここをどこだと思って…!」
「食堂だけど」

ああ、ヒロトに聞いた俺が馬鹿でした。
どうせ、平然とした表情を浮かべているこの男には、常識なんてあるようでないようなものなのだから。

「キス」
「…………ない、けど」

言いたくはなかったけれど、さっさと答えなければ、いつまでもこの話題から解放してくれなさそうで、俺は渋々答える。
俺達の座っているテーブルは幸いにも皆とは少し離れた食堂の隅の方だ。俯きながらそろりと周りを見渡すと、俺達の会話を聞いている者はいなかった。
ほっ良かった…。
安心したのも束の間、目の前でくすりと笑うヒロトの声がした。

「ふぅん、ないんだ…」
「……〜っ!」

言うんじゃなかった、と今更後悔してももう遅い。
馬鹿にしてくるのは目に見えてるじゃないか!俺の馬鹿!
顔中がものすごく熱い。
自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。きっと耳まで赤くなっているに違いない。
悔しい気持ちでいっぱいで、俺はヒロトをキッと睨む。

「そ、そうゆうヒロトはどうなんだよ!!」
「俺?」
「キス!したこ、と……ある…の……?」

とりあえず俺の話から逸らそうと、咄嗟に口から出たのはそんな質問。
半ば捲し立てるようにして問うたそれは、自分でも何故だか分からないけれど、だんだん弱々しくなってしまう。

「いや、やっぱ――」
「あるよ」

なんというか、急に気恥ずかしくなってきて、発したそれを撤回しようとしたら、ヒロトはにっこりと微笑みながら即答した。
予想は、していた。
ヒロトのことだ。認めたくはないけど、外見だってかっこいいし、勉強もスポーツも完璧なヒロトが女の子にモテるのは周知の事実で、きっと俺より恋愛経験は豊富なのだろうと。
でも、いざ本人の口から言われるとなんだか不思議な気分だ。

「だ、誰と…?」
「……気になる?」

そう聞かれて思わず頷く。
俺はヒロトを凝視したまま、生唾を飲み込んだ。

「秘密、だよ」
「……っ!」

ああ、そうだ、ヒロトはこういう奴だった!
少しでも気になった自分が馬鹿らしい。
勿体振ったくせに言わないなんて、相変わらずのヒロトが憎らしくて憎らしくて。学習しない自分にも腹が立つ。
もういい。夕食も済んだことだし、こんな奴放っておいてさっさと部屋に戻ってしまおう。
そう思い、立ち上がった瞬間だった。

「……緑川」
「なに、」

ちゅ。
俺には最初、何が起こったのか解らなかった。
俺が知覚できたのは、力強く引っ張られた腕と触れた柔らかい感触と。
そして目の前に迫ったヒロトの顔。

「奪っちゃった、緑川のファーストキス」

何処に何が触れたかなんて考えなくても解る。
驚きのあまり、開いた唇は言葉ひとつ紡げない。
俺は、ヒロトの顔を直視する前に一目散に逃げ出した。
食堂の扉を壊れてしまう程に勢いよく閉めたら、マネージャー達の叱責が飛んできたけど、一切後ろを振り返らずに急いで飛び出した俺には届かない。
きっと食堂にいたイナズマジャパンの皆からは奇異な目で見られたことだろう。
そんなことはどうでもいい。
顔中。否、身体中に生じた熱を今すぐにでも冷ますために、俺は全速力で自室へと向かった。



奪われた唇



「……本当は二回目なんだけどね」

走り去る俺を見ながら満足気に微笑んだヒロトが妖しく呟いた事の真相など、俺は知る由もない。








ファーストキスもセカンドキスもヒロトのもの!
きっと緑川の本当の初キスは寝てる間とかにヒロトがry

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