「雨降っちゃいましたね、鬼道さん」

静かな部屋に響くのは、激しい雨音とそれを知らせる自分の声。
真剣な眼差しで広げた参考書を見つめる彼の耳には、残念ながら俺の声は届いていないらしい。
合宿に来てまで、自主学習をかかさないなんて鬼道さんらしいな。
そんなことを思いつつ、俺は窓から曇天の空を眺めた。
普段通り帝国のグラウンドならば、屋内なので天候など何一つ心配する必要はないのだが、俺達帝国イレブンは珍しく合宿なんてものをする為に学園外に在る合宿所へと赴いていた。
合宿二日目にしてこの状況。
一週間晴れ続きと言っていた天気予報は全く当てにならず、これはもう運が悪かったとしか言いようがない。
合宿所で割り当てられた部屋の窓から見えるグラウンドには、つい15分程前に降り出したばかりだというのに、既にいくつもの水たまりが形成されている。
きっと明日の練習は合宿所内での筋トレだろう。

「……鬼道さん?」

集中している鬼道さんの邪魔はしたくなかったけれど、ふと彼の眉間に寄せた皺が気になって声をかける。
そうして漸く気づいたらしい鬼道さんは、テーブルにシャーペンを置いてから、ベッドに腰掛けた俺へ視線を寄越した。

「どうかしました?」
「佐久間……いや、雨降ってたんだな…」
「……あぁ、はい。15分くらい前から」

やはり俺の声は聞こえてなかったんだなとちょっぴり悲しくなるも、それほどまでに集中していたのかと思うとむしろ賞賛の言葉しか浮かばない。さすが、鬼道さんだ。
滝のように降り注ぐ雨の音に、集中力を欠いてしまった鬼道さんは参考書を閉じ、俺と同じようにベッドへと腰掛ける。

「ッき、鬼道さん…!」

俺との距離わずか30cm。
二人部屋の為、ベッドは二つ用意してあるにも関わらず、何故か鬼道さんは俺のベッドに座った。
まさかこんなに急接近できるなんて思ってなかったから、つい名前を呼ぶ声が上擦ってしまう。

「佐久間…?」
「いっいえ、何でもありません」
「……そうか」

首を傾げて俺の様子を窺う姿は犯罪級に可愛い。
抱きしめたくて、触れたくて、伸ばしそうになる右手を理性で必死に押さえつける。
そんなことをしてしまえば、きっと今までの俺の努力が水の泡になってしまうだろう。
抱きしめたら、それだけで終わるはずもなく、キスとかそれ以上のことだってしてしまうかもしれないと思うと怖くて触れられなかった。
せっかく一番近くにいることを許してくれたのだから、わざわざ信頼を裏切ってまでこの関係を壊したくはない。

「佐久間、10分経ったら起こしてくれ」
「え、っ?あっ、はい…!」

そう言うと鬼道さんは上体を倒し、俺のベッドに横になる。そのまま、身体を丸め目を閉じた。
まるで、おあずけを食らった犬の気分だ。これはもう襲ってくださいと言っているようにしか思えない。
鬼道さんは、俺を試しているのだろうか。
そんなわけ絶対にないけれど。

「き、鬼道さん…?」
「ん…」

本当に寝てしまったのかと声をかければ、直ぐ様、規則正しい寝息が聞こえてきた。
神経質にも見える鬼道さんは、意外にも寝付きがいいらしい。これもまた、新しい発見だ。
些細なことでもいい、鬼道さんの事をひとつひとつ知る度に、俺は優越感を覚える。他の奴らは鬼道さんがこんな風に子供のように丸まって眠るなんて知らない。俺だけが知っている鬼道さんなのだ。
時折漏れる息と無防備な寝姿に鼻孔の奥が熱くなる。今にも鼻血が出てしまいそうだ。
安心して眠りにつける程、俺に気を許してくれているんだと思うと、飛んでしまいたいくらいに嬉しい。
どきどきしながらそっと覗き見た寝顔は、心なしか微笑んでいるように見えた。きっと俺の都合のいい錯覚だ。
安らかな表情に、心は一層切なさを増す。
今すぐにでも燻るこの想いを伝えたくて、俺は気持ちを抑えられそうになかった。

「………」

ずっと隠してきた想い。
傷付けないように、大好きな鬼道さんを守る友人でいる為に封じ込めたこの感情。
今ならば、許されるのではないだろうか。
気持ち良さそうに寝ているし、今だったら告げる想いも雨音に消されるだろうから。
いいですよね、鬼道さん…?

「……好きです」

好きです、好きなんです鬼道さん。
愛しています、鬼道さん。
好きで、好きで、気が狂いそうなくらい愛してるんです。

「…鬼道さん、」

激しい雨音が部屋に響く。
でも俺の耳に届くのは愛しい人の呼吸だけ。
夢の中だけでも、俺の想いが少しだけ伝わればいい。そんな我が儘は言わない。いや、言えないんだ。
俺にとって、この人の傍にいられることが、これ以上ないくらいの幸せだったのだから。



雨の日ラプソディ





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -