夢を見た。
愛しい人に抱きしめられる夢を。
ふわりと綿のように包んでくれるその腕に抱かれ、俺は夢見心地でその人を見つめた。
「総帥…?」
どうして、ここに?
何故いるはずのない貴方がここにいるのですか。
そう口を開きかけると、総帥は俺の頬を撫で、続く言葉を制す。
しかも、俺自身ここが何処なのか判らない。
ここはどこだろうか。
ふと周りを見渡してみるが、何もない。
ただ柔らかな光に照らされて、眩しさに目を細める。
俺を膝の上に乗せたままの総帥は、身体のラインを確かめるようになぞり、俺の腰へ腕を回した。
「そ……う、すい」
ここは、どこだろうか。
あぁ、もうそんなことはどうでもいいか。
この腕に抱かれることに比べたらきっと些細な事だ。
それよりも今は、もっと感じていたかった、総帥の体温を。
どくん、どくんと鼓動が聴こえる。
暖かくて、心地よくて、気持ちいい。
俺はその温もりをより感じたくて、総帥の胸へ更に頬を擦り寄せる。
「鬼道」
名を呼ばれ顔を見上げると、総帥は笑っていた。
見慣れた微笑み。けれど、どこかが違う。
無骨な掌が俺の腕を掴み、総帥の顔へと導く。
サングラスを外せ、ということなのだろうか。
「総帥……?」
指先がカチリとそれに当たる。
幼い頃からサングラス越しでしか見ていなかったからか、何となく躊躇ってしまい外せずにいると、総帥は顔を近づけ促してくる。
やっとフレームに指をかけてサングラスを外す。
俺は思わず目を見開いた。
そこにあったのは、愛おしさに満ち溢れた、そんな瞳だったから。
「鬼道」
長いこと総帥とは一緒にいたが、憎しみに歪んだ表情ばかり見てきた俺は、慈しむようなその瞳を見たことがなかった。
いや、一度だけあるかもしれない。
記憶の最後に残っている総帥の瞳だ。
あの時、闇の鎖から解き放たれて、心から笑っていたその瞳は。
俺が最初で最後に見たサングラス越しに覗く総帥の瞳の奥には、闇ではなく確かに優しい光をたたえていた。
「鬼道」
何度目かのそれに胸がきゅうと締め付けられる。
そんな瞳で見ないでください。
優しい声で、俺の名を呼ばないでください。
俺を抱きしめないでください。
俺の心が欲してしまう、望んでしまう。
この人が愛おしいと思った。
この人を愛したいと思った。
この人に愛されたいと願った。
貴方に溺れて、温もりに甘えてしまいそうになる。
俺は貴方を求めてはいけない。
愛してはいけない。
ずっと心の中で反芻していた言葉は、容易くも崩れ落ちる。
「……愛しているぞ、鬼道」
漸く欲していた言葉を手に入れた。
貴方の体温と声と瞳が俺を溶かして。
触れる掌はどこまでも優しい。
けれど。
それらは全部、既に失ってしまったもの。決して得ることのできないものだから。
「総帥」
そうか、これは夢なんだ。
今にも零れそうな程に涙が溜まって総帥の顔が朧気に映る。でも、不思議と溢れることはなかった。
幸せで、幸せで、残酷な夢。
愛しい人に抱きしめられて、愛を囁かれて。
目覚めてしまったら、もう二度と見ることはできない、そんな予感がする。
「……俺も、愛しています」
いつか醒めてしまう夢なら。
ずっと醒めなければいい。
今だけは。
貴方の腕で、溺れさせて。
愛してました。愛してたんです。