「かわいいよ、緑川」
「ん…っ、ヒロトぉ…!」

呼吸を奪うような長いキスから解放された時には、息も絶え絶えで酸素を取り込むのも一苦労だった。
互いの唇に銀糸が伝う様子はなんとも淫靡で、いやらしい気分になる。
疼く身体をもてあまし、縋るようにしてヒロトの腕へと右手を伸ばした。

「緑川……」

細く綺麗な指先が顎のラインをなぞり前髪をかきあげられ、緑川の額へと口付ける。
ちゅ、と音をたてて離れたそれに胸が切なくなった。
熱い吐息を吐いて、何度か瞬きを繰り返せば、自然と視線が絡み合う。

「ヒ…ロ……」

翡翠に映る自分の姿。
いつもひとつに纏め上げられた髪はほどけて乱れている。
ヒロトを見つめる自身の瞳は、涙で潤み、浅ましく男のそれを求める娼婦のようだ。

「好きだよ、緑川……」
「は、ん……んぅ」

再度唇が触れ、互いの熱が行き交う。
耳元から溶け込んだ愛の囁きは、何処か遠くに聞こえ、常ならば喜びをもたらしてくれるはずの言葉は、何故かもの足りなさを感じずにはいられなかった。

「ふ……ン、様」
「…!!」

唇を離した刹那、うすく開いた唇から零れたそれに、ヒロトは驚いたように目を見開いた。

「緑川…お前は、」
「グラン様、グラン様…っ」

咄嗟に口から零れたのは、彼の人の名だ。
目の前のヒロトではなく、かつての姿。
理由など分からない。当人である緑川でさえも。
此処にいるのはヒロトで、緑川を抱きしめ、愛を与えているのは基山ヒロトであるのに。
しかし、快楽に染まった緑川は、もうまともな思考などなく、たったひとりの姿を思い描く。

「み、っ……レーゼ」

一瞬戸惑いを見せたヒロトが声音を変えた途端、周りの温度がさーっと冷えていくのを肌で感じた。
同時に何とも言えない期待と不安が押し寄せる。
それは決して抗えないもので、見上げた先にあったのは征服者の瞳。
これこそ、緑川が――否、レーゼが望んでいたものだったのかもしれない。

「……お前は俺のものだよ」
「はい…グラン様、」

グランは、気だるげに投げ出された緑川の左腕をきつく掴んだ。
痕がついてしまいそうな程の痛みに顔を顰る。
けれど、その冷酷な翡翠に射抜かれて、緑川の心は漸く歓喜を覚えることができた。

もっと、もっと。
渦巻く欲望は果てることを知らない。



翡翠の先に映るは



貴方が欲しい。
もっと、貴方のモノだと刻み付けて。





(お前はかわいそうな子だね、全く)





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