「……すみません、鬼道さん」
「べつに構わない」
俺は今、愛しい愛しい鬼道さんに背負われている。
大好きな鬼道さんの匂いをこんな近くで感じられるなんて嬉しくて今にも死んでしまいそうだけど、俺はこの状況を純粋に喜べなかった。
鬼道さんに迷惑をかけている。
その事実だけが俺の心に重くのしかかってきて、どうしようもなく情けない気持ちになる。
「……鬼道さん、やっぱり降ろしてください…!」
「何故だ」
「っ…だって、俺、重いでしょう…?」
「重くない」
「……きどう、さん」
淡々と返ってくる応えに俺は泣きたくなった。
どうすれば鬼道さんは降ろしてくれるのだろう。
先程挫いた足首が、俺の心に呼応するようにじんじんと疼く。
まさか自分が鬼道さんに背負ってもらうなんて考えもしなかった。
何でこういう時に限って、いつも隣にいるあの馬鹿でかい奴がいないんだ。
馬鹿、源田の大馬鹿野郎!
今ここにいない奴に怒りをぶつけても、この状況が変わることはないけれど。
「……足、つらくないか」
「えっ…あ、はい」
「なら良い」
鬼道さんが俺を心配してくれている。これほど嬉しいことはない。
なのに、素直に喜べないのは、無様な姿を鬼道さんに見せてしまったせいだ。
「あっ…だから、痛くないんで降ろしてください!」
「………」
「お願いです…!」
「………わかった」
あまりにも俺が煩く喚いたからか、はぁと溜め息を漏らした鬼道さんはやっと俺を降ろしてくれた。
「…ありがとうございます」
「……歩けるのか」
「は、はい」
ズキズキと痛む足首は、痛みがどんどん増しているような気さえする。
正直歩けるような様子ではなかったが、これ以上迷惑をかける位なら無理矢理引きずってでも歩いてみせる。
「行くぞ」
「は、い……ッ」
真っ赤なマントを靡かせて、鬼道さんは歩き出した。
ああ、早く歩かないと鬼道さんが行ってしまう。
動け、動け、俺の足。
もう、置いていかれるのは嫌なんだ。
「……佐久間?」
「……あ、」
俺は、咄嗟に鬼道さんのマントを掴んでいた。
自分はなにをやっているんだろう。きっと鬼道さんは呆れている。
このままでは、また鬼道さんの手を煩わせてしまうだけなのに。
「ご、ごめんなさ……鬼道、さん…?」
慌てて手を放そうとした次の瞬間、微かに震える俺のそれに鬼道さんの掌が重なる。
「……少しは、俺を頼ってくれないか?」
そう言って、呆れた顔で微笑む鬼道さんは、俺が見たことのないくらい優しい表情だった。