「監督」

ぽつりと呟いたそれを聞き逃さなかったその人は、優しい笑みを浮かべて顔を上げた。

「どうした?」
「……なんでも、ないです」

自分でもほぼ無意識に発したそれに意味はない。
あるとするならば、名前を呼びたかった、ただそれだけだろう。
子供扱いをされているのがむず痒くて苦手なのだが、いつものように大きな掌がこちらに伸びて、頭を撫でようとする。
しかし、伸ばされた腕は触れる寸前でぴたりと止まってしまった。

「監督……?」
「へ、……あー、いや……ごめん」

気まずそうに目を逸らされて、豪炎寺は何とも言えない気持ちになりながら、二階堂を見つめた。
ごめん、その言葉が心に深く突き刺さる。
また、目の前の大人は、罪悪感やらその他諸々の感情に囚われているらしい。
困った表情をされることも、触れようとする度に躊躇われることにも、もういい加減慣れた。
子供だから、教え子だから、同性だから。一般的には、許されない恋をしている。
その自覚はある。しかし、豪炎寺は二階堂が考える程、この関係を深刻だとは思わないし、間違いだとも思わなかった。

「………二階堂監督は、俺のこと好きですか」
「……豪炎寺?……あー……うん、そうだな」

普段の豪炎寺ならば確かめるはずもないその問いかけに、困りきったように渋々と返ってきた肯定の言葉は、嘘偽りはないのだと分かっている。
なのに、どこか物足りなかった。

「そう、じゃないです」
「え?」
「……俺は、好きか嫌いかを聞いているんです」
「………」
「監督は………俺のこと、どう思ってるんですか……?」

欲しいのは、たったひとつの台詞だけ。
子供じみたことをしているという認識はある。けれど、言葉を濁すことに長けた大人の本心を知るには、こうするしかないのだ。

「監督…?」
「っ、ああ、えー……………好きだ、豪炎寺」


好きだ。

こほん、とひとつ咳払いをして、漸く恋しい人から紡がれたその言葉。
少し照れ臭そうに、けれど何よりも純粋で真実の愛を囁いた大人に、豪炎寺は満足気な微笑みを浮かべたのだった。






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