「俺は………泣け、ないんだ」
彼の口から零れたのは、諦めに満ちたそんな言葉だった。
「もう何年も泣いていない。両親が死んでから泣いた記憶がないんだ。残された俺達は、春奈には、俺しかいなかったから、泣くわけにはいかないと思った。春奈を不安にさせたくなかった。だから、どんなに辛くても泣かなかった。泣きたくなかった。春奈と別れて、義父さんに引き取られた時も、鬼道家の跡取りとして生きていくと誓った俺は、泣いてる暇なんてなかった。その頃には、悲しさも寂しさも、全く感じなくなった。そして今も。心にぽっかりと穴が空いて、どうしようもなく苦しくなるのに、この感情がわからないんだ。たぶん、悲しい、なのだろうな、これは。あの人がいなくなって、また大切な人を失って………でも、俺は泣けないんだ」
そう語った彼は、寂しそうに笑った。
泣けないと、震えた身体で訴える彼が痛々しくて、気付けば涙が溢れていた。
「なんで、お前が泣く、んだ…?」
次々と零れ落ちる雫を、優しい掌でそっと拭われる。
どうして泣いているのかなんて、自分でも分からない。
同情、したのだろうか。
本来なら家族と幸せに暮らすはずの幼少期を送れずに、ただ泣くことを我慢し続けていた彼に、自分は同情したのだろうか。
きっと、違う。
「……貴方の、代わりです」
今の気持ちを自分でも言葉にできなくて、そう言うしかなかった。
何を言っているのか、彼には分からないだろう。だって、自分にも分からないから。
「……泣けないならっ、貴方が、泣けるようになるまで、俺が代わりに泣きます…っ」
だから、一人で苦しまないでください。
全部背負い込んで、一人で耐えようだなんて、思わないでください。
嗚咽を漏らして、泣きじゃくりながら必死に伝えた言葉は、彼に伝わっただろうか。
不安で、情けない顔を見せるのも構わずに、顔を上げると、彼は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「──ありがとう、佐久間」
頬を伝う涙は冷たくて、けれどあたたかかった。