怖い。

今の僕の中には、そのひとつの感情しか存在しない。
嫌だ、怖い、助けて。そう声に出したくとも、部屋中に叩きつけるように響く轟音と照らす雷の光が、奥底に封じ込めたあの記憶を喚びおこすようで、そんなことを言葉にする余裕などどこにもなかった。

「う、ぁ……っ」

小さい悲鳴をあげても、次々と鳴り響く雷の音に声は掻き消されてしまう。それがよりいっそう恐怖心を煽り、僕の精神は追い詰められていく。
いくら克服した過去であったとしても、かつて受けた大きな傷は簡単に癒えるものではないのだと再度思い知らされる。
身体の震えが止まらなかった。
ベッドにうずくまりながら、頭まで被った毛布を握りしめ、ただひたすらこの時が過ぎるのを待つことしかできない。


「――吹雪…!」

突如部屋へと響いたのは、壊れてしまうんじゃないかと思うくらいに勢いよく開かれたドアの音と、大好きな彼の声。

「そ、めおかくん…?」

ああ、来てくれた。
目つきの悪い険しい表情をいつも以上に深くして、けれど心配そうな顔をした染岡くんの姿がそこにはあった。
くるまっていた毛布を投げ捨てて、考えるよりも先に身体が動いた僕は、彼へと思いきり飛び付いた。

「こ…わい……怖いよ、染岡くん…っ」
「ああ、もう大丈夫だ、吹雪」
「うん、うん…!」

大きな背中へと回した手にぎゅっと力を込めれば、僕の身体はそれ以上の力で包まれる。
触れた部分から、彼の温もりが僕の冷えきってしまった心まで流れてくるみたいだ。
もう、怖くない。
染岡くんに抱きしめられながら、何度か深呼吸を繰り返せば、先程までの恐怖は嘘だったかのように消え去っていく。

「……ありがとう、染岡くん」
「あ、あぁ……」

背中を撫でる手はひどく優しくて、おおよそ不器用な彼らしくない。
まだ強張っているだろう表情に、僕は自分なりのめいっぱいの笑顔を浮かべて感謝を伝えた。すると、染岡くんはそっぽを向いて頬を染めてしまう。初々しい反応が微笑ましくて、つい笑ってしまいそうだった。


眩しい程に雷の光が僕と染岡くんを照らす。
雷の鳴り止む気配はない。
けれど、光が部屋へと差し込む度、ひとつに重なりあう影を見れば、僕の心は不思議と安心感で満たされる。

「……ねぇ、染岡くん」

一人は怖いよ。
今でも、かつて失った大切なものを、あの悲劇を思い出すと、どうしようもなく悲しくて、また一人ぼっちになってしまうのではないかと不安になる時がある。
けれど、僕はそれでもよかった。
そう、思うことができた。

「……もっと、強く抱きしめて」

その度に、大好きな君が抱きしめてくれるから。
こう思うのは可笑しなことなのかもしれないけれど。
それでも、君の温もりはこんなにも愛おしくて、かけがえのないものだったから。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -