※世話好き倉間と子供っぽいアホ沢さん(高校生/キャラ崩壊注意)










了承した訳でもないのに、もうほとぼりが冷めてしまったかのようにパチンと二段階目の照明が消される。掛け布団やら毛布やらのチャックの、しゃあとフローリングの床を円滑に滑るかすかな摩擦音がした。しゃあ、ばさり。風に歯向かうようなくぐもった音。呆気ない。どうしようもなく呆気ない。俺とあいつの閨は完全に闇へと化してしまった。今日の閨事はもうこれで終わり、もしかしなくてもそんな合図なのか。
くるっと毛布に包まった目の前の彼をつついてみたけれど、一度そっぽを向いた背中は中々振り返ってはくれない。動かない彼に、最後の色仕掛けとばかりに抱き着いたらべしんと突っぱねられた。後ろも見ずに、よくもそこまで的確に手が出るものだ。別に分かりたくもない暑がられた布団の気持ちが今なら今でよく分かる。
いよいよむかついたので、毛布を追い剥ぎのように引ったくって今度は此方がそっぽを向いて包まってやった。途中、ビイという何かが勢いよくほつれるような、そんな感じのちょっと毛布に申し訳ない音がしたけれど、もう知らないし考えてみれば案外どうでもいい。お前なんか風邪引いて熱出して寝込んじまえ。
すると、あいつは、まるでそうすることがわだかまりのはけ口とでもいうように自分の髪をがしがしとやる。髪の無造作に掻き混ぜられる、そうする音が聞こえた。きっとそんなつもりは無いのだろうけど、ただの俺の邪推で終わってほしいのだけれど、なんか嫌い。そうすることで、溜まったものをどうにかこうにかしようとしているようにも見えるから、嫌い。嫌いだ。















学生の朝は忙しい。なんてわざわざ言わなくてもそんな事は分かりきっている。俺が言いたいのはそんな馬鹿らしい決まり文句ではなしに、何故この人は朝のとんでもなく忙しい時間帯に、こうもすやすやと安心しきった顔で寝ていられるのか、という事だ。
泣き寝入りでもしたのか、ほんの少し、瞼が溶かした口紅を垂らしたように赤い(如何せん、先の記憶がないので本当のところは分からない)。就寝間近の記憶に、マシンガンの如く文句を叩いてぐずる彼がちらほらと思い出される。おそらくのちに虚しくなって悔し泣きでもしたんだろうな。脇にほっぽってある携帯が、止めてもらえなかったのを悲しむようにおとなしく規則的に点滅している。アラームはとっくにスヌーズ機能まで仕事をしているというのに。掛け布団と毛布はベッドの下に落っこちてぐしゃぐしゃにわだかまっている。それらとお揃いの枕がどうにも見当たらないと思ったら、それは何故か彼の腕の中にすぽりとしまい込まれていた。相変わらずどこか子供じみた節があるのは否めない。
揺り起こそうとしたけれどどうせならと思って、ちょっとした出来心で横腹を擽ってやろうかと思い立った。ちなみに異様に反応がいいと知っての確信犯だ。
ちょっと爪が掠っただけでももぞつく過敏な身体は、仕舞いにはあからさまに頓狂な声を出して悶え始めた。船上に上げられた魚のように身を捩ったのち、ひいぃっと喉を引き攣らせて飛び起きた南沢さんと危うく額同士が接触しそうになったところを、素早く頭を引いて回避。



「…んー……ぁ、倉間…、へへおはよ…」
「ほら、起きる!」
「んー…、…ねる」
「起きる!」



朝一番、いきなりへらりとにやける彼が薄気味悪いのは言うまでもなく、ぺちぺち頬を叩くとすんと甘えるように擦り寄られた。しょうがないのでシーツごと腕を掴んで、引きずるようにして連れていった脱衣所に放り込む。
昨日の情事の後、風呂にも入らずに寝てしまったので髪はぼさぼさだし、まず体液やら何やらで身体のそこかしこが汚い。
後ろ手にドアを閉めると、よろけたのを持ちこたえた南沢さんがその流れで壁に縋り付いて二度寝しようとしていたので、引っぺがして衣服と化していたシーツを剥ぎ取る。一糸纏わぬ姿になった彼を風呂場に押し込んで一旦扉を閉めたのはいいのだけれど、もしやと思って幾らも経たずにまた扉を開けた。やはりというかその通りというか、突っ立ったままで何もしていないというか、よくその体制で寝れるなというか。
シャワーノズルを掴んでコックを捻ると勢いよく冷水が飛び出してきたが、何のお構いもなしにそれを彼の頭にぶっかける。ウー、ツメタァ。通り雨に降られて濡れた猫のようだ。吹っ切れたように跳ね起きた彼がぶるりと大袈裟に身震いするのを見て、直感的にそんな事を思った。
目がぱっちり開いているのを確認してから風呂場を出る。どうにも靴下と相性の悪い、フローリングの廊下で滑らないよう注意しながら(あの人が、俺が、転んで笑ったこともあるし笑われたこともある)キッチンのドアを開けた。ずく脇の冷蔵庫を開けて真っ先にチルドルームを覗くと、ウインナーやらナゲットやらの袋の間に埋もれるようにして、何か派手めな橙色が僅かに見えた。



「あー…これ、」



引っぱり出したそれには、凄くはっきりとした見覚えがある。以下は一昨日の話。
一昨日、ソファーに引っ付いて眠たがる南沢さんを無理に連れ出して、近所のスーパーで食料品と日用品の買い物をしていた時の事。
必要なものをカゴに入れる俺の後ろにくっついて、ただ店内を徘徊するだけの彼がいつもの南沢さんである。しかしこの日の南沢さんは、彼にしては珍しく何か欲しいものが色々あったようで、しきりに立ち止まっては品を手にとって何やら考えているようだった。
少しでも目を離すとすぐふらふら何処かへ消えるから、勿論忙しくなかったかといえば嘘になるけど。
結局のところ、彼が掻き集めてきたのは殆どが甘味類。つくづく子供っぽい人である。けれども、いかにも子供が好みそうな甘い風味のお菓子の中に、何故か取り合わせとしては異色のものがあった。
それがこの品。



「…南沢さん…」



今思い出しても笑えてくる。俺が失笑した時の、あの困り顔。失敗をしてしまって、けれどどうすることもできないでいる幼児の顔。そのままひいひい笑い続けていたら、おいおい顔を真っ赤にして照れ隠しのように人の頭をはたいた南沢さんの……。…あー駄目、おかしすぎる。
彼が堂々とカゴに入れたのは、お子様用のお弁当スパゲッティ。それももう既に茹でてあり、後は火を通すだけでOKという、良く言えばお手軽、悪く言えば手抜き…な一品である。何故南沢さんが欲しいものの中でこれを選りすぐってきたのかは謎だけれど、もしかするとこの茹でないスパゲッティが、どんな経緯であれ珍しいものや新しいものが好きな彼の目に止まったのかもしれない。
使ってもいいのかと一瞬迷いつつ、取り合えずそれらを袋から取り出して、麺の方のビニールを破る。使い込んだフライパンに油を引いて弱火にかけている間、両端からハムを切って千切りにした。他に入れる具はないのかと棚をごそごそ漁っていると、奥の方からいつ買ったのかも記憶にないコーンの缶詰が出てきた。うわ、なんじゃこれ。それでも賞味期限は缶詰らしく当分先だし、まあこれでいいやと思ってざるに開けて汁を切る。いい具合に温まってきたフライパンの中に、大雑把にそれらをほうり込んでからフライ返しでまたまたぞんざいに掻き混ぜる。



「倉間ぁー、タオルがないー」



スパゲッティを加えて具と混ぜ合わせていると、風呂場の方向から壁にぶつかって反響した南沢さんの声がした。そういえば、南沢さんと一緒にタオルを持ち込むのを忘れていた。じゃあ恐らく下着やら着るものやらもないんじゃないだろうか。
一旦火を止めて部屋に戻ってから、いりそうなものを纏めて脱衣所のドアを何の気なしに開ける。



「ぅ、わっ…!……っん、」



中に入るやいなや、目の前には南沢さんと、…肩に羽織られたバスタオル。…あれ、タオルあるじゃん。すかさず文句を言おうとしたのに、一瞬先ばかり早く向こうに機先を制されてしまった。磁石よろしくくっついたそれが、湯気の蒸気でいつもに増して凄く柔らかい。



「…悪ぃ、うそ。どうせ騙されるだろうと思った倉間くんにちゅーして一泡吹かせたかっただけ」



唇を離した南沢さんが、子供みたいに悪戯じみた顔を見せて笑った。漂白したみたいにいつでも白い歯が、唇の奥まったところから隠れもせずに覗いている。相変わらず艶っぽさは抜けていないけど。



「…そんな事ばっかやってると、今に誰かに押し倒されるっすよ」
「ふーん……いいよ?」



いいよ、…って。誰かというのは言うまでもない。ろくに拭いていないびしょ濡れの髪から、毛先を滑った雫が肌にぴたんと散る。髪をセットしていない南沢さんは、いつ見てもドキッとするものがある。案の定、今日も慣れることを知らずにほんの僅かにでも心臓を高鳴らせてしまった自分が口惜しい。何故かスタンバってる彼に思いっきり流されそうになったけれど、残念ながら学生の身分、これから更に準備と通学が控えているのである。よく見れば、制服や下着もちゃんとカゴに収まっているし、タオルだって何枚も積み上げてある。こんな事をやるために、こっそり服とか取りに行ってたのか。くそう、可愛いなあ。



「これから学校あるでしょ、早く制服に着替えてリビング来てくださいよ」



悟られないように平静を装って、ドアを閉めながら肩越しに振り返ると、いかにも面白くないといった顔をした南沢さんがしょぼたれたような顔をして、けれどつんとそっぽを向いて髪をタオルでがしがしやっていた。ちょっと笑えたけれど、いつもの気まぐれなので何も言わずに放っておいた。
台所に戻ると、途端にケチャップのにおいが鼻をつく。そういえば、換気扇を回すのを忘れていた。コンロに放置したままの作りかけのスパゲッティの元に戻り、火を付けて手早く掻き混ぜる。と、ドアの開閉音がして南沢さんがひょっこり顔を覗かせた。ワックスのついた髪の毛をぐしゃぐしゃやりながら、きょろきょろ落ち着きなく意味もなさ気に、心なしかリビングに入るのを躊躇っているようにさえも見える。



「…これ、もしかしてあのスパゲッティ?」



空気のにおいを嗅ぐなり引き攣った笑みを浮かべる彼に、そっすよと意地悪くにやにやして返す。すぐさま性格悪ぃ…と言う文句が背後から聞こえてきた。けれど、流し台にきてべたべたの手を洗っている最中も、その目はフライパンに釘付け。スパゲッティから堂々とハムのつまみ食いをする南沢さんの忍び手をひっぱたきながら、積んである皿を並べて中身を分けていく。















テーブルの上に差し出すと、既にフォークを構えて準備万端の南沢さんが、ほー…と感嘆したように声を上げた。一体どこにそんなに驚く要素があるのやら。



「早く食べないと遅刻しますって」



やかんからコップに麦茶を注いで南沢さんの前に置く。喉が狭いらしく、お茶がないと食べ物が胃に入っていかないだとか何とかで、毎日何回お茶を作ればいいんだろうと思う。夏なんか尚更だ。フォークをくるくる旋回させてスパゲッティを巻き取っていく彼を一瞥しながら、俺も目の前の朝食に早速手を付けた。



「倉間、あーん」
「は、ぇ…ぁ、あーん…?」



口元につき出されたフォーク。これ、よくやられるから慣れたとかそんなものは全く無くて、急かすように押し込まれたスパゲッティを咀嚼しながら、訝しげに彼を見上げる。南沢さんは嬉しそうな顔をして、それから照れたように目を細めて笑った。訳分からん。それにしてもお気楽だなあ。















「電車何分?」
「42分!」



毎日乗るんだから時刻表くらい頭に入れときなさい。…とは言っても恐らく無駄だと思うので、やっぱり今日も言わないでおく。
遅いと文句を垂れる彼の声を聞き流しながら、鍵を手早く閉めて制服のポケットに乱暴に突っ込む。先日再び塗装されたばかりの階段を急いで降りると、先に下で待機していた南沢さんが、再びおはようの挨拶をこちらに投げて寄こした。



とりあえず、今はこの手をはなしません










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「アシュリー」の都悸さんから
100000hitフリリクでいただいた倉南です^^

二人で一緒に住んでいて、
倉間が南沢さんを起こす……だなんて
可愛いすぎて本当にやばいです
子供っぽい南沢さんが
大好きになりました

ごちそうさまです(^ω^)モグモグ

素敵な倉南をありがとうございました!
これからもよろしくお願いします!




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