さほど古くはないはずなのにぎしぎしと音をたてる煩い廊下を歩いて、俺は扉の前で立ち止まった。 生憎両手に色々と抱えている俺は、南沢さん、と部屋の中にいる彼を呼んで、ついでに扉を二度程軽く蹴る。 すると間も無く内側から扉が開かれ、中にいた南沢さんを見遣ると、彼はサッカー雑誌を片手に持っていて、ああそれ、俺もまだ読み終わってないのに、なんてことを思いながら、俺は室内に入ってテーブルに持ってきた飲み物と母さん特製のプリンを置いた。 どうやら相当南沢さんを気に入っているらしい母さんが、昨日の夜俺に何度も試食をさせながら作ったものだ。 正直飽きた。 ペットボトルからグラスに、彼が好きだと言っていたミルクティーを注いで、すっかりサッカー雑誌に目線を戻していた南沢さんに、どうぞ、と声をかける。 内申のため、なんて口では言っておきながら、なんだかんだでサッカーが好きなんだから素直じゃない。 「さんきゅ」 「これ、母さんが作ったんで口に合うかはわかんないっすけど」 「へぇ、お前の母さん凄いのな、いただきます」 甘いものに目がない南沢さんは、言いながらスプーンを手にとって、プリンを繊細な手つきで掬い上げる。 ゆっくりとそれを口に含むと、南沢さんはうまい、と呟いて、幸せそうに微かに口角を上げた。 夏休み、ということもあって私服の南沢さんは、普段よりも格段と大人っぽさが増す。 その上そんな表情をするのだから、抑えられるか不安だ。 とくとくと心臓が音を立てて、嬉しそうな口元から目線が離せない。 キス、したいなぁ、なんてこの場の雰囲気にはあまりに似つかわしくないことを思っていたら、大人っぽくて甘い声で不意に倉間、と呼ばれて、俺は弾かれたように南沢さんを見つめた。 交わる目線の先、カラメルのような茶色の瞳が、心なしか優しい。 「なんすか、」 「倉間、食わねぇの?」 「え、あー、南沢さん食っていいっすよ」 「ふぅん、じゃあ遠慮なく」 一応、彼と俺の分、と思って持ってきていた、もうひとつのプリンを南沢さんが見つめながらそんなふうに言うので、ああ食べたいのか、そう思って、俺の前に置かれたまま手付かずだった皿を言いながら前に差し出す。 そうしたら、南沢さんがほんの一瞬、嬉しそうに目を細めたのを見てしまって、とくり、とくりと心臓が高鳴った。 ああ、もう、どうしてこうも彼は魅力的なのだろうか。 顔が火照るのをどうにか抑えたくて、別に対して好きでも嫌いでもないミルクティーを一気に飲み下す。 それでも治まらない火照りを隠そうと、俺はプリンを頬張る南沢さんに擦り寄ってぎゅうう、と思い切り後ろから抱き着いた。 すると、初め戸惑っていた南沢さんも、ふっ切れたように俺に体重をかけて寄り掛かってくれたのが、なんだか凄く嬉しくて、彼の細い体に回した腕の力を、離さないというように強くし、綺麗な赤紫の髪に顔をうずめる。 深く息を吸う度に、シャンプーの香りが鼻腔をくすぐって、こんなにも側にいることにこの上ない幸福感を覚えた。 なぁ、今ならいいよな。 「南沢さん」 「ん…?」 「キス、したい」 「…ん」 寄り掛かりながら南沢さんは少しだけこちらに顔を向けてくれる。 意地悪っぽく口角の上がった唇に、俺は首をのばし性急に自分のをくっつけて、舌を出し軽く舐めたその唇は、カラメルの甘い味がした。 彼がこんなに抵抗しないなんて、そんなにこのプリンが気に入ったのだろうか。 もう可愛くて仕方ない。 調子にのって俺が、うちに嫁げばいつでも食えますよ、と耳元で言ったら、彼はふとはにかんで、それもいいかもな、なんて返したのだ。 堪らずもう一度口づけた唇は、なるほど幸せの味がした。 焦がし砂糖味の幸福 ---------- 「青酸ソーダに溺れる」の霜月冬音さんからいただいた相互記念文の倉南です! 可愛いすぎて……はわはわはわ← プリン食べて倉間に甘える南沢さん 可愛いすぎる!!はすはす!! どうしたらいいかわからないぐらいの 可愛いさにドキがムネムネです ありがとうございました! これからも仲良くしてください!! |