短編 | ナノ


▼ 五伏


あの巡回以来伏見さんと話す事は無くなっていった。それも当然なことで、今までこんなに話す機会はなかったし必要もなかった。上司と部下、僕達はそれ以上でもそれ以下でもないのだ。伏見さんにしろ、室長にしろ。


「なぁ、五島ってさ、あんまり室長の話しなくなったよな」
「え?そうかなぁ」

僕のあとに便所に入ってきた布施がふいに話し掛ける。ふと語尾が緩んでしまう。布施は僕の気の許せる数少ない友人のうちの一人だ。そいつが言うのだから、そうなのかもしれない。

「おう、最近はなんか前より崇拝してないっていうか」
「んふふ、なにそれ崇拝とかしてないから」
「いや!なんかお前ほとんどのことに平等に無関心なのに室長の話するときだけなんか違ってたぞ」
「んふ…布施が言うならそうなのかもしれないねぇ。まあ、親離れみたいなものだよ」
「はぁ?何それ」


伏見さんのことが嫌いだった。自分の印象と周りの偏見だけで、伏見さんが室長のお気に入りに相応しくない値だと決めつけて。能力が高いだけであの人の側に置いてもらえるものなのか、自分がそれ以上の存在になれないことを伏見さんに八つ当たりしていたのかもしれない。
そんなことをしても意味が無いと分かっていたけどどうしようもなかったのだ。だけど伏見さんはこんな俺のこともちゃんと見ていたのだ。
似てると言われた。それが本心なのかは分からない、でも、考えたこと無かったが似てるのかもしれない
思ったよりあの人は悲しかったけれど。自分を必死に守ってる僕のほうが悲しかったのかもしれない。


用を足したあと、手を洗わない布施はさっさと行ってしまった。あんなんだと公務員でも一生モテないだろうなあ、とか思いながら蛇口をひねり、顔を上げて鏡を見る。と、ここにはあまり似合わない人の顔が。
少し動揺したがそれを悟られないようににこりと笑って一礼した。

「久しぶりな感じがしますね、五島くん。」
「はい、」
「元気そうで何よりです。」

普段は冷徹だが、時々こう優しい声音の時がある。その声に、ガラにもなく心臓が跳ねる。紛れもない、憧れの人に向ける感情。

「何だか顔が赤い気がしますが」
「僕は室長のことを尊敬してるので気持ちが高揚するんです」
「ふふ、そんなセリフを言ってくれるのは五島くんだけですよ。伏見くんにも見習ってほしい。」

以前の僕ならこの言葉にただ嫉妬していたのかもしれない。だけど今は違った。このセリフを言う伏見さんの想像が頭に浮かんだ。無論、言うはずがない。笑みがこぼれた。

「それは、無いですね」
「ほう、君も言うようになりましたね」
「気を悪くされたなら気を付けます」
「いえ、気が通ずるということは気持ちいいものですよ」

少し微笑んだ室長にまた気分が上がった。こんなところで立ち話を長々とするのも嫌だろうなと思ってでは俺はこれで、と早々に立ち去ろうとした、その時

「五島くん、待ってください」
「!、はい」

呼び止められて踵を返す。すると近い位置に室長の整った顔。男でも少しドキリとしてしまう。

「あ、あの…?」
「君は、伏見くんのことが嫌いでは?」
「え…」

何故分かるのだろう。誰にも言ったことがないのに。全てを悟っているかのような言いぶり。だがこの人については何を考えているのか図りかねる。本当に誰の思考でも手にとるように分かっているのかもしれない

「いえ、以前はあまり好んではいませんでしたが、今はそうでもないです」
「そうですか、」

ニコリと微笑んで顔が離れていく。それに安堵し、では僕はこれで、と窮屈な部屋から出る。色んな意味で息が止まりそうだった。
憧れだが、恐ろしくもある。あの人は僕にとって、多分誰にとっても、イレギュラーな存在だ。


「…随分長い便所だったな。」
「!、伏見、さん。どうしたんですか?」

廊下で僕を待っていたらしい伏見さんは待たせたからだろうかどこかいつもより不機嫌だ。
溜息を漏らしたあと、嫌そうに呟いた

「……招集だ」





淡島副長から伝えられた内容はこうだ。以前にもベータ・クラス能力者が有り得ないくらい多く出現し室長直々に出て囮になったあの事件が起きた豊沢区上庚塚繁華街の近く。今度はその一角にあるデパートの3階に強盗が立て篭っていて、10歳くらいの子供が人質にとられているらしい。敵の数はそこまで多く無いらしく、3人ほどらしい。だが厄介なのがその中に1人ベータ・クラスのストレインがいるらしい。よって召集された伏見さんと元剣四の四人。秋山さん達元隊長の4人と淡島副長は別の案件があるらしく、後程合流するらしい。5人だけで大丈夫なのだろうかと僕でさえ思った。


輸送車から降りるとデパート周辺には既に機動隊が囲っていて多くの野次馬もいた。
その光景に面倒そうに一つ溜息をついたあと、伏見さんは話し始めた。

「報告によると敵の中に混じってるストレインは触れずに物体を動かす力があるらしい。気を付けろ」

僕達が声を揃えて返事をすると、伏見さんが行くぞ、とデパートの中へ入り、それに続いた。犯人たちが操作し下ろしたのであろうシャッターが伏見さんがサーベルで難なく断ち切る。鍛錬していないのにサーベルを使いこなす筋はいつ見ても惚れ惚れするほどで、思わず苦笑が溢れる。それに気付いた伏見さんがなんだ、と視線を向ける。とりあえず白髪生えてますよ、と嘘をついておいた。




思ったよりトントン拍子で事は進み、あっという間に立て篭り犯を捉えることが出来た。だが問題は人質になっている子供だ。犯人は全員捕まえたにも関わらず、どこにも見当たらない

「おい、人質はどうした」

低い声で伏見さんが尋ね犯人の鳩尾をサーベルで容赦なく突く。呻いた犯人は口を割るつもりは無いらしく唾をペッと吐き出した。その態度に更に伏見さんの機嫌は底辺まで落ちていく。

「もうお前捕まってんだからさー素直に吐いちゃいなよ」

軽薄な口調で呆れたように言う日高。実際犯人が人質を解放しないとここから出ることは出来ない。どこに隠しやがった、と布施が吐き捨てるように言ったのに思わずいつものようにんふふ、と笑ってしまい、今は気の抜けた笑い方するなと榎本に注意されてしまった。

耐えかねた伏見さんが犯人の髪の毛を掴みあげて口を開いた、刹那。犯人が指をパチリと鳴らした。あの動作は先程も見た犯人が能力を発動するときにする動作。
伏見さん相手には使われていない、とすれば狙われているのはーーーーーー

考えるより先に反射的に身体が動いた。あ、ちゃんと僕にも正義感というものがあったんだ、と皮肉にもこの時初めて知った。


「ーーーっ危ない!!」






突然の轟音。それを起こしたのは俺ではなく捕まえているはずのストレインだった。拘束が甘かったらしく、能力を発動させてしまった。ギッ、と睨みつけ犯人の拘束をキツくする。調子に乗るなよ、クソ
轟音がした方を向く。轟音の正体は積まれていたダンボールと大量の商品棚らしく、集中的に溢れていた。
そこには、喚き泣く人質らしき子供、とその子を守るようにして棚の下敷きになった、五島の姿。


「ーーーーっ五島!」

頭が一瞬真っ白になる。が、俺が呆気に取られている場合ではない。直ぐに榎本に人質の救出を、日高と布施にストレインの連行を命令した。するとタンマツが鳴った。淡島副長からの今から急行するという内容のメールだった。
日高と布施にその旨を伝え、俺は五島の救出へと向かった。

「おい!大丈夫か!」
「……んふ、大したこと、無いです」

こんな時でもヘラヘラと笑う。俺を心配させないようにしているのだろうが、そんな気遣い頼んでない。さらに胸の中に靄がかかるようだった。
積まれた棚の量はそこまで多くなく、俺の力でも取り払うことができた。が、頭をぶつけたらしく痛々しく血が流れ、左目が見えないような状態だった。

「っ、立てるか」
「…すみません、足、いっちゃったみたいです」

骨折したらしい足を指差してまたヘラ、と顔を歪ませる。うまく笑えてないんだよ、馬鹿

ハァ、と溜息をついて五島の身体を持ち上げる。所謂お姫様抱っこというやつ。しょうがないことだ。持ち上げたときうわぁ!?と奇声を発したが知った事か。ムスリとした表情で歩みを進めると五島がふざけたことを抜かした。

「伏見さんになら抱かれてもいいかもしれません…」
「勘弁してくれ」


デパートから降りると案の定日高が爆笑し、ほかの面々も肩を震わせていた。畜生、コイツと関わるとろくなことがない。

チッ、と舌を打つ。意外にも今日初めての舌打ちだとは、知るはずもなかった。







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