※三サソ前提デイサソ





 二体の人形が向かい合っていた。
 片方は頭部から生えている黒い繊維を、小ざっぱりとした髷に整えている男だ。床に腰を下ろすような格好をしているが、その肩幅やら体格やらから長身であろうことが見て取れる。生前は凄腕の忍だった筈だ。切れ長の目に生気はなく、うつろに虚空を見つめている。
 もう一方は、赤い猫っ毛に頭を包まれている、長身の男とは比べ物にならないほど精緻な造りのひと。十代半ば程度の年齢にも見えるが、オイラには彼を少年と呼ぶことはどうしてもできない。目の前で沈黙している切れ長の目を、長い睫毛の間から見つめている彼は、傍から見ればごく当たり前に血の通った人間だった。でも、本当はそうではない事を、更には彼が少年と呼ぶには相応しくない存在である事を、オイラは知っている。それはオイラが彼と10年連れ添った(もしくは、連れ添って貰った)相方だからであり、また彼が、オイラの心をどうしようもなく掻き乱すひとだからだ。

 二体の人形が、互いの顔を近づけ、口元を寄せた。その、およそ唇とは呼べない無機質な口と、およそ人形のものだとは思えないほど艶めかしい唇が触れ合う様を、キスと形容して良いものか、オイラにはわからなかった。ただわかったのは、オイラがそれを美しいと思っている事実だけだ。
 三代目風影も、サソリの旦那も、オイラの属する時の流れの中には居ない。彼らの間に横たわっているのは、時を止めた美だった。時が淀んでいるという事は、一瞬を切り取ることも、永久を存続させることも成し得ない。固定された『時』に一瞬も永久もあるもんか。そこに行きたいとオイラは思った。そこに溶けてしまえば、相反する性質を持つ旦那とオイラも一緒になれるんじゃないかと、そう思ったんだ。

 オイラは黒い髷の後頭部と、赤髪の小さな後頭部にそれぞれ手を伸ばし、合わさっている二つの固い口元に自分の唇をあてがった。その非現実的な淀みの中に、オイラも溶けたい一心だった。
 今まで乾いていた人形同士のキスが、オイラの唾液で徐々に濡れていく。何だか熱くなってくる。三人の人間が互いを貪り合っているような感覚に襲われる。このままいけばオイラも溶けることができる、なんて思って、閉じた瞼の裏がぐるぐると渦を巻き始める。気がつくとオイラは欲情した舌を旦那の口内に送り込んでいた。旦那も冷たい舌でオイラを絡めとり、熱を奪おうともがいていた。

「ん…ふっ…はあっ」

 オイラの息が漏れ、オイラだけが息継ぎが必要になる。ぷはっ、と唇を離し目を開けたら、旦那の眉間には深く皺が刻まれていて、瞼はきつく閉じられていた。どう見ても不機嫌だった。ここ数年来の不機嫌さだ。そりゃそうだ、三代目風影との戯れを邪魔した挙句に接吻をかましたのだ。ああ、やべえ、殺される。

「ご、ごめん旦那調子乗ったオイラが悪かったうん」
「………もっと、」
「…へ?」
「もっと寄越せ」

 何だって?寄越せ?寄越せって、何を。

 何が起こったかわからなかった。旦那は再びオイラの唇めがけて、的確に自分の唇を押し付けてきた。は?何?どういうこと?旦那がオイラを求めてる?そんな馬鹿な。
 だが、現に熱を欲してオイラの喉をえぐっているのは旦那の舌だった。混乱しつつもオイラは旦那に欲情をぶつけ続けた。体重をかけると旦那とオイラと三代目風影が、どたっ、がしゃっ、と床に倒れ込んだ。オイラの身体の下に旦那の身体がある。白い口角からだらりと唾液が流れ落ちて線を描く。その様子を三代目風影が、隣に横たわって眺めている。

 キスの間中、んっ、んっ、と、普段の旦那からは想像も出来ないような声が、旦那の鼻から鳴っていた。旦那は自分の淀みのほうへ、オイラをどこまでも引き込むつもりに違いない。油断しているとこっちが酸欠になりそうになる。慌てて唇を解放したが、今度は彼の首筋から漂う色香がオイラを誘っていた。
 旦那の外套のホックを一つずつ外していく。ぱちん、ぱちんという音がオイラの心臓の中で妙に鮮明に響き、耳がおかしくなったみたいになる。現れたのはもちろん、核の埋まった傀儡の胸だった。戦闘用に造られたそれには、余分な飾りなど一切ついていない。生身の人間には必ず存在する二つの突起も、当然のごとく、ない。だが、それでも、オイラの目をおかしくさせるには充分だった。夢にまで見た旦那の裸の胸。目眩がした。本来なら乳首が存在するであろう場所を、オイラは唇で吸い上げた。

「ふあっ!」

 頭上で発された旦那の甘い声に驚いて、オイラはぱっと顔を上げた。旦那は首を横に向け歯を食いしばり、今まで見てきたどんな旦那よりも不機嫌な顔で、何かに必死に耐えていた。まさか。

「え、ちょ、待って旦那…感じるのか?」
「…クソッ、うるせえ!黙れこの餓鬼が!」

 再び同じところに口を付け、そこを舌先でころころと弄ぶ。すると旦那がひっ、と声を上げる。やっぱり、感じるんだ、傀儡なのに、旦那。
 その声にオイラの心臓はくっと縮まり、雄の部分がいちいち反応するから、たまったもんじゃなかった。旦那は傀儡の癖に、生身のオイラをこんなにも欲情させる。耳や目がおかしくなっていて助かったとオイラは思った。まともに旦那を前にしていたら、恐らくとっくに持っていない。

「戦闘用の癖にすげえ感度…旦那エロいな、うん」
「…っ馬鹿、違う!記憶だ!」
「記憶?」
「腕を失った人間が、時たま指先の疼きを覚えるのと同じことだ」

 旦那は真っ赤な顔を手の甲で隠しながらそう弁解した。いや、真っ赤なんて筈はないのだが、オイラにはそう見えた。すごく綺麗だった。
 旦那が言うように、身体の感覚は観念的なものに過ぎないとは聞いたことがある。人間は自分の触覚が熱いとか冷たいとか感じていると思っているが、実はそれを感じているのは記憶である、という説だ。つまり、その物体が熱い物だという記憶があれば熱く感じるし、冷たい物だと記憶していれば冷たく感じるらしい。

「そっか…旦那あ」

 旦那がオイラの指や舌に反応し、それを求めてくれていることが、オイラは嬉しかった。首筋に唇を寄せると、旦那の肩がぴくんと跳ねた。叶わないと思っていた願いが、少しだけ叶った気がした。
 好きだ、旦那、好きだ、心の中で唱えながら、傀儡の身体を抱き締めて、自分の股間を旦那にすり付けた。予想通り、彼のそこに生殖器がない事は感触でわかったが、それでも、彼の表情がきゅっと変わるのを見て、オイラは嬉しかった。

 だが、その時、隣の男がかちゃりと身体を鳴らした。はたと気がついてみると、そうか、旦那はずっと三代目風影の顔を見ていたんだ。横を向いている旦那の視線が、三代目風影に快楽を探していた。目を細めて口を僅かに開き、彼にキスをねだるようにふうふうと空気を吐いていた。
 ああ、成る程、旦那は生身の頃のセックスを記憶しているんだ。それも、間違いなく三代目風影との。

「旦那、こっち向けよ…」

 オイラは悔しそうな、自嘲するような、それでいて諦めたような旦那の顔を両手で掴んで、また唇を奪ってやった。舌を差し込めばすぐに旦那も絡め返してきた。オイラの熱が、体温が、欲が、生が、みるみるうちに旦那に引きずり込まれていくような気分だった。
 旦那の下穿きの中に突っ込んだ手で、幻としてしか存在しない旦那の雄を撫でまわしながらオイラは思った。旦那を悦ばせているのはオイラじゃなくて、彼の記憶なんだ。生身の頃に彼に触れられた記憶を通してしか、オイラは旦那に触れられないんだ。やっぱり旦那を手に入れる事なんて、オイラには出来ないんだ。

「はぁ、はぁ、はぁ、あ」
(畜生、畜生、ちくしょう、)

 時の淀みに沈む彼の記憶を、一瞬にして上書きしちまえたなら、どんなに良いだろう。喘ぐあんたが欲しくて、欲しくて、欲しくて、欲しくて。
 穴のない旦那の腰に自分の雄を押し付けながら、叶わぬ想いを抱き締めて、オイラは果てた。すると旦那は初めてオイラの目を見て「悪かったな」と呟いた。




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