※学生パロ





 翌日テストだからって、課題がちっともはかどらなかったからって、やはり夜中にコンビニなんて行ったのが運の尽きだったのだ。少しくらい腹が減ったからと言って、そんなものは我慢すれば良かったのだ。今オイラが直面しているこの状況に比べれば何ということはない。
 ああ、知らねえ。オイラもう知らねえぞ。オイラが明日の朝起きられなかったら、いや例え起きられたとしてもテストで散々な結果を叩き出したら、それは全部旦那のせいだ。全部全部、旦那が悪い。悪いのは旦那だ。オイラは悪くない。



 コチコチと進む時計の針に、焦燥感をかきたてられていた。だが、焦燥感と同時に倦怠感も襲いかかってきていた。夜十一時五十八分、オイラは自室の机の前で、小難しい参考書と睨めっこをしていた。正直に言って理解できる個所のほうが少なかった。慌てて講義で使っているノートを開くが、寝ぼけ眼で書いたであろう文字列は、自分の筆跡にもかかわらず読めたものではなかった。絶望した。
 もう諦めて寝てしまおうかと思った。だが自分の無意味に高いプライドが、それを許してはくれなかった。せめて少しの糖分とカフェインがあれば。そうだ、アイスとコーヒーを買いに行こう。それらを摂取したところで勉強がはかどるとも思えなかったが、気分転換、気休めの一種だ、うん。かかとを潰したスニーカーに足を突っ込んで、オイラは近所のコンビニへ向かう。

 夜の住宅街は閑散としていて、所々に並ぶほの暗い街灯が、いかにも希望のなさそうな光を落としていた。日付が変わるくらいの時間帯、人通りがそうあるはずもなく、オイラは誰ともすれ違わずにコンビニに到着した。
 いささか場違いな明るさを提示しているその現代文明の権化のような店に入り、予定通りアイスキャンデーと缶コーヒーを買った。若い男の店員はやる気のない顔つきで、冷え切ったアイスとあたたかいコーヒーをひとつの袋にまとめて入れた。そのレジ袋の中で、それらはやる気なく互いの温度差を縮めていった。

(こんな夜中にやる気なんかあるわけねえよなあ)

 そいつらに多少の同情と親近感を覚えながら、オイラはコンビニのドアを出た。「あざーっしたー」と何ともてきとうな見送りを背後に聞いた。
 同時に、右手にサソリの旦那を見つけた。彼は店に併設されている自動販売機の前で、缶ビールのラベルの下のボタンをしきりに押していた。だが、既に電飾の消えているその販売機が反応するわけがなく、彼の顔は次第に苛立ちをあらわにしていく。

「何やってんだ旦那、十一時過ぎると酒の自販機は止まるんだぜ?」

 オイラがそう声をかけると、旦那がくるりとこちらを向いた。と思ったら突然バランスを崩し、がたっ、と音を立てて自販機にもたれかかった。

「は?どうしたんだよ…っつかうわっ!旦那、酒臭え!」
「おーデイダラじゃねえか」、そう返してきた彼の目はすっかり据わっている。
「ちょ、旦那どんだけ飲んだんだよ!もう駄目だぞ、水飲め、うん!」
「てめえいつから俺にそんな口聞くようになった、あ?餓鬼のくせに」
「大して違わねえだろ!」

 この酔っ払い、もといサソリの旦那は、大学の先輩だ。成績優秀で、来年は院に進むらしい。何をやってもそつなくこなすし、容姿も恐ろしく良いのだが、いかんせん性格に問題があるから付き合いきれる人間はオイラくらいしかいない。近所に住む後輩として、オイラは彼の学業以外の面に多大なる心配を寄せている。だが、ここまで酒に呑まれた彼を見たのは今日が初めてだ。
 旦那は自販機にもたれていた身体をずるずると傾け、地面に倒れ込みそうになった。どうやらこれは相当酷いらしい。オイラも身を屈めて旦那と目線の高さを揃えると、彼は長い睫毛に彩られた目を一層鋭くしてオイラを睨みつけてきた。

「むかつくんだよ一人で素面でいやがってこの餓鬼が…」
「え、いやオイラ一応未成年だし!」
「おら酒買って来い酒、店に入れば買えんだろ8%以上のやつじゃなきゃ許さねえぞ」
「だー!何かあったのか旦那!話なら聞いてやるから言ってみ?オイラ受けとめてやるぞ!うん!」
「ほーそりゃ有難えな」

 その言葉と同時に、旦那がオイラに襲いかかった。途端にオイラは自分がつい今しがた吐いた言葉を後悔した。旦那はオイラの胸倉を引っ掴みアスファルトに勢い良く押し倒すと、片腕をオイラの胸板の上に固定して、その自由を奪った。一体その華奢な腕のどこにそんな力があるのだろう。いや、きっと力ではないのだ。これは彼の気迫だ。酒に酔っているとはいえ、彼のこの射るような冷たい気迫には人を屈伏させる何かがある。
 彼が反対側の腕を振り上げた。その手首に巻かれた腕時計が、コンビニの明かりを反射してキラッと鋭く光った。自販機のファンの鈍い音が頭の上で鳴っている。殴られる!オイラは我にかえる。我にかえって無理矢理身体を起こし、旦那に負けじと掴みかかる。

「旦那落ち着けって!家まで送ってやるから!」

 細く角ばった身体を揺さぶると、彼は流石に限界を迎えたのか、勢いを失いくたっと膝を折った。ぐらつく頭を片手で支えたままうずくまり、復活する気配は見せない。ああもう、なんて面倒臭い先輩なんだ。
 オイラは彼の肩を抱えて立ち上がらせ、何とかコンビニの前を離れた。夜の住宅街に再び戻ってくると、例によってやる気のない街灯がオイラ達を出迎えた。どっと疲れが押し寄せてきた。そしてビニール袋の中のアイスとコーヒーのこと、そして終わっていない課題とテストのことを思い出した。旦那が今もし元気だったら、上手くやれば手伝ってもらうことも出来たかもしれないのにな。オイラの肩に寄りかかって、覚束ない足取りを前に進める旦那を見ながら、オイラは今夜二回目の絶望に見舞われるのだった。



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