じわりと薄く浮かんだ汗が滴となって身体を伝う。滴を弄ぶかのように這わされる彼の指が、次にどこに行きつくのかをオイラは知っている。オイラの脚と脚の間に肘を落として身を屈め、そこからオイラを見上げてくる彼の姿が、淡く色づいた靄に覆われているかのように、蜃気楼か何かのように、ぼやけて見える。
 オイラは目を瞑らずにはいられなかった。彼のそんな艶めかしい姿に焦点を合わせてしまったら最後、まともでいられる自信などてんでなかった。瞼の裏でぱちぱちとはじける星すらもわからなくなるほどに、オイラは強く目を瞑った。力を込めすぎた眉間が次第に痛くなってくるのと同時に、脚と脚の間に熱がこもりはじめているのがよくわかった。彼のしなやかな指先がついにそこに到達した。彼はそれをきゅっと軽く握って呟いた。

「さて、」

 オイラの思考回路は既に、そこから先のことを感触として正確に認識することは叶わないほど、鈍っていた。瞼の裏の星の中に、サソリの旦那の指がオイラの根元を揉み解したり、先端を親指の腹で弄ったりしている様子が浮かんでくるような気がして、オイラはますます困ってしまった。暫くして、もっと包括的なあたたかさがオイラを襲った。生ぬるくて湿っぽいものが股間を這っているのだと思った。もうだめだ、勘弁してください、オイラは限界です、そう思った。思った途端に力が抜けて吐精がされた。

「ふ、お疲れさん」

 旦那はきっとにやりと笑ったのだろう。射精を終えたものを拭うように一撫でして、満足げにそう言った。オイラはまだ目を開けることができなかった。何も考えられず何をする気にもなれなかった。彼は部屋を出ていった。オイラは一人取り残された。目を開けた時には既に、身体からは熱が去って寒さを感じはじめていた。

 何故このような状況に陥ったか、きっかけは簡単だった。
 夜中、一人のところを旦那に見られた。さっと血の気が引き、心臓が止まるかと思った。反射的に毛布をまとって腰を隠した。彼は無表情をたたえつつも、いつになく、この上なく楽しそうに近づいてきて、その毛布を取り払った。
 彼の一連の行動が単なる退屈しのぎのためであることは、オイラもよくわかっていた。だが、彼はオイラにとって特殊な立ち位置にいる人だから、彼がおそろしくて、逃げ出したくて堪らなかった。それでも逃げ出せなかったのは、かねがね自分の脳裏にあった彼の姿がいままさに存在しているからで、幾度も夢想した状況が現実になろうとしているからで、本物の彼のねめつける目におそろしく興奮したからだと、気づいた。
 それでも、オイラが本当に欲しかったものは、彼のそんな行動からは得ることができなかった。オイラが欲しかったのは、もっとぼやけていて、曖昧なものだった。動作によって示される類のものではなく、彼という謎めいた宇宙に入り込みたいというような、途方もない願いだった。どうしようもなく狂おしい願いだった。オイラはこの願いの正体を掴みたかったのに、彼はそんな機会を与えはしなかった。与える前に部屋を出ていった。オイラは取り残されたのだ。
 一人の部屋で、オイラはきっと彼を待つ。布団にもぐり、掌を股において、そっと眠った。





20111108
memoにて


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -