酒場パロ【夢売り】 最終話





 デイダラが小気味良い鈴の音と共に入店して来たかと思えば、俺には目もくれず、すたすたと調理場へ直行しやがった。一体どの面下げて来たと言うのか。さっきあんなに暴れた奴が、あっけらかんと再会を求める筈がなく、かといって罵詈雑言を浴びせに来たとも思えない。調理場には由良が居るが、果たして、奴らはそんなに仲が良かったか。
 考えれば考えるほど、俺の苛立ちは募るばかりだった。デイダラは俺を拒んだ。まだまだ尻の青い餓鬼だったということだ。つい一年前まで酒も飲めなかったような、稚気満々正真正銘の餓鬼だ。そんな餓鬼に平静を奪われていたかと思うと、何よりも自分に嫌気がさした。くそっ、もう止めだ、俺がどうかしていただけなのだ。

 だが、ようやくデイダラの存在を思考の外へ叩き出した頃、その当人が調理場から戻って来る。そしてあろうことか『いつもの指定席』に座りやがる。どうして今日に限ってヘビースモーカー野郎が居ないのか。煙が充満していてさえいれば、デイダラの顔に気を取られる事もなかっただろうに。ああ、奴の目が赤い。兎みてえだ。ん、赤いだと?まさか、泣いていた、のか。

 こういう表情を見ていると、どうしても酒を出してやりたくなってしまうのは、バーテンダーの性というやつだろうか。いや、それだけではない。
 初めてこの店を訪れた時のデイダラも、今にも泣きそうな顔をしていた。そこへ取って置きのカクテルを出し、奴の笑顔を引き出したのは俺だ。俺がやらなくて誰がやる。
 棚の奥から、久々に使う銘柄の白ワインと、(こちらは普段も良く使う)アプリコットリキュールやらレモンソーダやらを取り出した。磨き上げたゾンビグラスに、それらを丁寧に調合する。そして出来あがった俺の芸術作品を、デイダラの目の前に置いた。

 俺の、オススメだ。
 お前にぴったりの。

 目を伏せていたデイダラが顔を上げて、俺を見た。出会った時と同じ碧い瞳が、涙がこぼれ落ちそうになるくらいに見開かれていた。








 リン。

 時計の針が午前三時を過ぎる頃、最後の客が帰って行った。もう店仕舞いの時間だ。
 俺はカウンターの外へ出て、客が残していったグラスや食器を片づけ始める。洗い場とテーブルの脇を何度か行き来する途中で、一番端の席で突っ伏しているデイダラの後ろを通りかかった。
 こいつまた寝てやがるな、そう思って奴の顔を覗き込もうとした。「おい、今日は帰らねえで良いのか」するとデイダラは突然ばっと顔を上げ俺を振り向き、間髪入れずに俺の身体に飛びついた。

「…なっ!おい、デイダラ!」

 そのまま一気に床に倒れ込む。腰を強打する。痛ぇ、と小さく悲鳴を上げる暇すら与えず、奴は俺の唇にしゃぶりついた。

「…ッばっ、てめえ!由良が居るだろうが!」
「由良なら帰ったよ、うん」

 デイダラは表情を変えずに、俺に乗っかったまま強く抱きついてくる。そして肩に顔を埋めて言葉を吐く。

「ごめん旦那」
「…ああ」
「オイラが悪かったです」
「…わかってんじゃねえか」
「好き」
「…何が」
「旦那が好き」
「…ああ」
「旦那は?」
「…わかってんだろ?」

 ゆっくりとデイダラの肩に手を当てて押し戻すと、奴の表情がへにゃりと崩れた。そのまま重力を使役して、身体の位置の上下を平等にする。体側面を床につけて互いに顔を見合わせる。碧い瞳の赤い目が、嬉しそうに細まる。

「あんなに怖がってた餓鬼がねえ、くくっ」
「怖がってたわけじゃねえもん!うん」
「後で泣いても知らねえぜ?」
「今更そんなもん、使い切っちまったよ」

 奴の襟首に手をかければ、その顔が僅かに強張った。手を差し込んでつうと撫ぜ、更に唇を肉薄させる。まあ、せいぜい優しくしてやるか。三度目の深いキスを食らわし、幾分良くなったデイダラの反応を楽しむ。白ワインの残り香を消し、俺の味を送り込む。今日からは互いが互いのアルコールだ。酔おうじゃねえか。気の逸りに任せて、過敏さを求めて先へ進む。

 火照った身体に冷たい床が心地よい。





 ***





 目が覚めたらとにかく体中が痛くて、立ち上がれないどころの話じゃなかった。オイラと旦那の体温であたたまった硬い床に手を置いて、何とか上半身だけでもと、重い身体を起こした。隣でまだ寝ている旦那を見下ろして、その寝顔に思わず溜息をつく。なんて綺麗なんだろう。昨晩の旦那の顔と、今のこの寝顔を拝めただけでも、オイラは万々歳だ。
 自分の首元に手を当てると、所々内出血が起こっている事に気がついた。ほわっと胸の奥が湯気に包まれたような気持ちになる。夢じゃないよな、と思いを馳せる。顔がほころぶ。

「旦那、そろそろ起きないと」

 そう呼び掛けて身体をゆすると、旦那の長い睫毛がぴくぴく揺れて、小ぶりな口が大欠伸をした。 

「…んあ…朝かよ、俺ぁまだ眠い馬鹿」
「いやでも流石にまずいよ、昼間っからこんな格好で店の床に転がってちゃまずい。うん」

 途端に旦那もがばっと飛び起きる。やっぱり疲れてるんだろう、身体を引きずりながら立ち上がり、ふらふらとカウンターの内側へ入って行った。大丈夫だろうか。オイラだってもっとゆっくり寝ていたかったけど、正午も近いのだから仕方ない。
 そして、オイラは旦那の絶望的とも言える声を聞くことになる。

「しまった…昨日の片付け、終わってねえんだった」

 気付いてしまったからには当然、二人とも逃れることは出来ない。旦那はグラス洗いに棚の整理。オイラは店の床清掃。正直、慣れないモップがけに身体は悲鳴をあげていた。腰が死にそうだ!例えば旦那の店でバイトするとしても、モップ掃除だけは勘弁だ、と思う。旦那と共同作業ができるのは嬉しいけど。

「…おいデイダラ」
「うーん?何だよ旦那」
「お前、卒業したらここで働けよ。俺と由良だけじゃ店を回しきれねえし」
「げ!オイラモップ掃除はやんねえからな!うん!」
「てめえなあ!素直に喜んだらどうなんだ。俺はお前にピアノを…」
「ピアノ?え、弾かせてくれるのか?ここで!」
「卒業したらな。そしたら小さいピアノ買って、てめえがここで演奏する。ここを煙ったい店じゃなくて、もっと良い店にしようぜ」
「え…それって、旦那、それってぷろぽーずか?ちょっともう一回言ってくれよ!うん!」
「調子乗んなこの餓鬼が」








- END -






20101212
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