酒場パロ【夢売り】 第11話





 由良に会ってみよう、それがオイラの結論だった。なぜそう決めたのかは自分でもよく判らない。けど彼は、きっと誰よりも旦那を理解している。今日も旦那の店の調理場で働いているはずだ。
 旦那の顔を見なければならないのは怖かった。それでも酒場に向かわずにはいられなかった。あのカクテルゼリーがオイラに勇気という夢を見せているのかも、なんて思い付き、少し笑う。

 ほどなくして目的地に着く。洒落た扉を開いて、鈴が鳴るのと同時に、オイラはそっと店内に足を踏み入れた。
 カウンターの中では、さっきまでキスを交わしていた相手が何食わぬ顔で作業をしていた。ポーカーフェイスってやつか、便利だな、とか考えながら、オイラは無言でその横を通り過ぎた。出来るだけ顔を見られないように、斜め前の床に視線を固定したまま、速足で調理場へ向かう。関係者以外立ち入り禁止、と書いてあった気がするが、勝手にその中へ入っていった。

「デイダラさん…?どうしたんですかこんな所に」

 たまたま注文が無くて暇していたらしい由良が、すぐにオイラの姿を見止めて駆け寄って来た。

「由良…オイラ旦那を怒らせちまった…どうしよう、どうしたらいい?」

 ずっと我慢していた感情が、堰を切ったように溢れ出してきた。
 泣くつもりなんて無かった。なのに目の周りは順調にべとべとになっていった。大体、悪いのは自分なのに。旦那は真っ直ぐぶつかってきてくれたのに、オイラは。
 由良は黙ってオイラの背中をぽんぽんと叩く。その手は驚くほど頼りがいのあるものに感じられた。何で由良はこんなに良くしてくれるんだろう、と不思議に思う。

「…ごめん、由良だって、旦那が好きなんだよな、うん」
「いえ、私は只サソリ様の芸術に惚れ込んだだけですから」

 そう言って由良は目を細めた。優しい微笑みに見えたけれど、涙で霞んだオイラの目では本当の表情までは判らない。
 彼は、少し長くなりますが、と前置きして語り始めた。穏やかであたたかい声で、少し安心した。

「…人は皆、それぞれ何かしら抱えているものがあり、その為に何かを犠牲にしています。それを補完するために、現実を忘れしばしの夢を見るために、この店に酒と時間を買いに来る。でも、それを売るサソリ様ご自身は、夢など全く見ておられません。ご自分が酒場で酒を出す『夢売り』だからこそ、そんなものは刹那的で下らないと考えてらっしゃるんでしょう」

 なかなか嗚咽が止まらないオイラに、由良は言葉を紡ぎ続ける。

「しかし貴方は、とても生き生きと夢を語る方ですから。夢を存分に見、また存分に与えられる貴方は、サソリ様にとって己に足りなかった存在なんです」

「…やめろよ…オイラ、旦那に敵うことなんてなんもない」オイラは喉の奥から声を絞り出す。だが、由良はゆっくりと首を横に振った。

「私はサソリ様のお力にはなれませんでしたがね、貴方なら」
「…本当によく見てるんだな、旦那の事」
「弟子ですから」

 彼は誇らしげに笑う。




 オイラが大分落着いてくると、由良は、閉店になったら自分はすぐに帰ると宣言した。その後旦那と二人で話し合え、という意味だろう。本当に頭が下がる思いだ。
 どうしようもなく旦那に会いたくなった。蛇口の水で顔を洗い、赤く腫れた目を冷やした。鏡に映った自分に苦笑いが漏れたが、この程度なら多分ばれないよな。ばれない事を願いつつ、調理場から出て店内に戻る。

 仏頂面で『いつもの指定席』に座ったら、カウンターの中の旦那がちら、とこちらを見た。オイラはつい慌てて顔をそむける。テーブルの上に組んだ両手に視線を落とし、旦那の顔が他を向くのを待った。待ってから、こっそり彼を見つめ直した。女々しい自分に呆れ返るが、あっけらかんとは出来なかった。
 カウンターの一番端の席、旦那と初めて出会ったその席から見る彼の後ろ姿は、やはり初めて出会った時のように、遠い世界の存在みたいに思えた。苦しい。肺が締めつけられて気管が詰まる。オイラは自分で自分の腕を抱く。項垂れて、細い息を一気に吐ききる。

(ああ、オイラやっぱりこの人が好きなんだ)



 暫くして、コトッ、といつかと同じ音がした。控えめに視線だけを恐る恐る上げてみると、ひとつのグラスがオイラの目の前に置かれていた。

 手を伸ばし、マドラーを軽く回せば、氷がカラカラと心地よい音を立てる。照明が乱反射して一際輝くそのカクテルは、黄昏時の空のような色をしていた。グラスを持つオイラの手元に、自分の長い金髪がぱさっと滑り落ちる。髪はグラス表面の滴をはらみ、その景色に溶け込むように同化していく。それを見たオイラの目が、再び水を湛え始める。そしてついに、涙が頬につうっと伝い落ちてきてしまった。

(これ…オイラの髪と同じ色だ…うん)

 見上げるとカウンターの向こうに、いつもの無表情で微笑む旦那の顔があった。涙で揺れる視界の中で、それはひどく綺麗だった。






- to be continued. -



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