酒場パロ【夢売り】 第7話





「俺の芸術が見たいんだろ?もう一杯作ってやるよ…何が良い?」

 それがお前の望みなら、そんなもの幾らでも叶えてやる。

 デイダラの碧い瞳をまっすぐに見つめると、逃げ場を失ったそれは小刻みに揺れて、俺を見つめ返した。何か言おうとしているのか唇が震えるが、言葉は発されない。だったら。

「…わかった、お前にぴったりのあれにしよう」

 口を半開きにしたまま言葉を失っているそいつをよそに、俺は早速その酒を作ってやろうと椅子から立ち上がりかけた。
 だが、すぐに引き戻されてしまった。案外大きくて力強いそいつの手が、俺の腕をぐっと掴んでカウンターに縫いとめていた。

「いや!いい…もういいよ、旦那…」

 俺は呆気に取られた。

「…オイラこれ以上酔っちまったら…カクテルを作るキレーな旦那の手も、優しい旦那の目も、またわかんなくなっちまう…もうそんなの嫌だ、うん」

(…ふざけやがって)

「それにまた寝ちまったら迷惑かけるし」
「迷惑じゃねえよ」

 俺は椅子に座り直すと、思わず奴の肩に片腕を伸ばし、それを自分の脇へ引き寄せていた。

 俺よりは幅広だが決して体格が良いとは言えないそれを、腕の中にすっぽり収める。するとデイダラの頭が横に傾いて、肩にこてん、と重みが乗った。その髪は流水のように胸元にこぼれ、俺の身体をおかしな輝きで惑わせていく。

「てめーは本当に馬鹿だな」

 俺の弟子になりたい、だ?今までお前がピアノに傾けてきた情熱は、そんなもんじゃないはずだろう。
 お前のピアノは芸術的だった。俺は音楽なんて判らないが、芸術には心が宿るからな、美しいと思った。だからこうして礼をしているのだ。
 何を焦っている。何を気にしている。他人の心に惹かれたのはお前だけじゃねえんだよ。馬鹿も甚だしい!

「旦那…その、オイラ」

「ッたくてめーは!俺の前でなら幾ら酔っても構わねぇって言ってんだ。いい加減判れ」

 俺もいい加減酔っているらしかった。

 腕の中のそいつは、頬紅を散らしたような赤ら顔で俺を見上げてきた。だから垂れる金の前髪に片手を差し入れて、その頬を包み込んでやった。もう一方の手では、身体を更に抱き寄せてやった。奴の火照った頬は熱かったが、それに触れる俺の手の平よりも熱いかどうかまでは、判らなかった。

 碧い瞳の中に、俺自身も知らない俺が映っていた。そんな自分を見たくなくて、両の瞼を降ろした。

 カシスの甘い匂いが俺のウイスキーの吐息とぶつかる。そのまま少しだけ頭を傾けたら、

 唇が奴のそれに重なった。




 ***




 しっとり湿った旦那の唇がオイラの唇に触れた。最初は軽く。次はつまむように。その次はほとんど咥えるように深く。重なる面積がだんだんと広がっていくのに比例して、どくどくと鼓動が速くなる。喉に心臓が詰まっちまうんじゃないかと思うくらいだった。
 旦那の粘液が口の中に流れ込んできた。その瞬間、度数の高いスピリッツが回ったみたいに体中が痺れていく。ああオイラ結局酔っちまうんだな、そんな思いがふわっと浮かんで、すぐに消えた。

 二つのカウンター席の椅子が別々の個体であることを恨めしく思いながら、オイラも取り憑かれたように両腕を旦那の首の後ろに回していく。危うく椅子から腰がずり落ちそうになる。でもそんな事はお構いなしに、上半身を旦那の身体に密着させる。

「っん…っ」

 合わせた口元から声が漏れる。

 うっすら瞼を開いてみると、長い睫毛の間から覗く薄赤の瞳は、今まで見たこともない光をたたえていた。照明のせいだろうか、旦那のその肌も、今まで見たこともないあたたかな色に溶けている。何とも不思議で、綺麗な、顔。この世のものじゃないみたいだ。

 フッと意識が飛びそうになって、慌てて唇を離した。ぼうっとする頭からアルコールを抜こうと、いったん旦那の肩に顔を落として、ぎゅっと抱きしめてみる。するとウイスキーの香りが肺を満たし、余計にめまいが酷くなった気がした。(これ以上、酔いたくなかったのに、な)

 華奢な手に促されて顔を上げ、吸い寄せられるようにまた唇を重ねる。生ぬるい熱に侵されたそれを深く深く交わせば、酒よりも濃い旦那の味にオイラはくらくらした。





- to be continued. -



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