酒場パロ【夢売り】 第2話






 俺はイライラしていた。
 今日の客も好き勝手に煙草をプカプカ吹かしやがって。

 煙草の煙もその匂いも、俺の芸術には邪魔でしかない。美しい色合いを追求したベースと割ものの配分も、ほんのりと香るライムの飾り付けも、それの前では意味をなさなかった。
 てめーらにくれてやるカクテルなんかねぇ。せいぜいビールでも飲んでろ。何時もならこだわるビールの泡作りも、今日の俺はおざなりで、乱暴にジョッキに注ぐだけだった。

 そんな折、店の扉に付いている鈴がリン、と澄んだ音色を立てて、俺は新たな来客を理解する。
 扉を開けて入ってきたそいつは、碧い眼をきょろきょろさせて店内を見まわすと、俺が中で作業をしているカウンターの一番端の席に座った。よく手入れがされているのだろう長い金髪は、この薄暗い店内で一際輝きを放っていた。

 へえ。なかなかの美人じゃねえか。この煙草臭い店にあんな女が独りで来るとは珍しい。少々良い気分になった俺は、そいつの注文を取るべく、カウンター越しに声を掛けた。

「いらっしゃいませ。ご注文は」
「何でもいいや…お勧めは?」

 そいつは下を向いたまま、俺の顔も見ずにその二言だけを言い放った。
 愛想のねえ女。だがまぁ、ちょっと気を引いてやるのも悪くねえな。

 俺は取って置きを作ってやろうと、棚の奥から久々に取り出す銘柄の赤ワインと、(こちらは普段も良く使う)紅茶とシトラスを用意して、ぴかぴかに磨き上げたゾンビグラスにそれらを丁寧に調合した。

 そして出来上がった俺の芸術作品を、そいつのテーブルに置いてやる。

「アンタのご注文だろ?俺のオススメ」

 そいつは顔を上げて、少し戸惑ったような様子で俺の顔を見た。碧い目が、そこに溜まる涙が零れ落ちそうになるくらいに見開かれていた。

 その後別の客の注文で酒を調合したりしていたが、俺の興味は依然その女に向いたままだった。
 奴はあれからずっと俺の作ったカクテルを見つめたまま、口をつけようとはしない。マドラーをグラスの中で回転させて、どこか虚ろな目で氷がカラカラと鳴る様子を眺めている。

「芸術だ…うん」

 奴がそう呟いたのを、俺が聞き逃すはずはなかった。








「…あの時はまさか、お前が男だとは思わなかったぜ」
「たまに間違われる、うん」

 今、カウンター越しの俺の目の前でウーロン茶をすするそいつ、デイダラは、前回の来店時と同じ席に座っていた。

「でもバーテンの旦那こそ、最初に見た時は吃驚した。女より美人だもんな、うん」
「…で、何か話があるんじゃねーのか?」

 俺は話を逸らそうと、二度目の来店をしたそいつにネタを振ることにした。

 前回、あの後デイダラは、結局何も話しはしなかった。ありがとう、でもこれはオイラの問題だから、と、それだけを繰り返してただ涙を流していた。
 そして俺の作った、アルコールの軽いはずのカクテルを飲み終える頃には顔を真っ赤にして酔い潰れ、そのまま閉店までテーブルに突っ伏して眠りこけてしまったのだ。

「まぁ、あの時のお礼を言っとこうと思ってさ。うん」

 そう言うとデイダラはズズーッと下品な音を立てて、ほとんど空のウーロン茶をストローで最後まで飲みきった。

「旦那、カシスオレンジくれっ!」
「…てめーは酒は止めといたほうが良いんじゃねぇのか?」
「あの時はちょっと弱ってただけだから、もう平気だぜ、うん」

(やれやれ。)
 俺はカシスのボトルを取りに、カウンターの奥へと引っ込んだ。




- to be continued. -



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