※雰囲気だけ三サソ前提








 このところ肌寒い日が続いていた。正確にいえば、続いているらしかった。少なくとも俺の相方はそのせいで、昨日から風邪で寝込んでいる。アジトの気温計はそれなりの目盛りを指し示しているのに、安直に夏季と似たような服装で任務に出かけたのだから、あたりまえといえばあたりまえだ。
 いくら餓鬼の頃から面倒を見てやっているとはいえ、俺は季節の変わり目を肌で感じることは出来ない身体なのだから、その辺の体調管理は自分でしっかりしてほしい。そう思いながらも、今こうして台所で湯を沸かし、インスタントスープを作ってやっているあたり、俺はつくづく奴には甘いとみえる。

 アジトの廊下をわたり、デイダラの部屋の扉を開く。引っかけてある室温計は摂氏15度を示していた。15度ってどんなものだったろうか。けっこう寒いんだったろうか。小さい頃、まだ砂隠れの里にいた時、砂漠の夜は寒いから厚着をしなくては駄目だよと教えられたあの季節よりも、今は寒い季節なのだろうか。ふかふかとした布団で全身を包んで寝息をたてているデイダラの枕元に立ち、湯気ののぼるインスタントスープを隣の台に置きながら、俺はそんなことを考えていた。

「おいデイダラ起きろ」
「…んー」

 奴はくぐもった鼻声を漏らしながら寝返りをうち、壁側に向けていた顔をこちらに向けた。多少赤味がかかってはいたが、ずいぶんと安らかそうな寝顔なのが癪に障った。つい苛めたくなった。

「てめえこの俺が直々にメシ持ってきてやってるのに随分と余裕こいてんじゃねーか」

 にやりと口角をあげながら、俺は奴から布団を剥ぎとった。薄い寝巻を着たデイダラの上半身があらわになった。当然、俺は奴が布団を取り戻しにかかってくることを期待していたのだが、奴は薄目で俺を見あげ、「さみーよ旦那」と溜息まじりの弱音を呟くのみだった。同時に俺は、少し肌蹴た奴の寝巻の肩口に目がいった。そこそこしっかりした肩幅と体つきに、そういえばこいつもう餓鬼じゃねえんだっけか、と、妙な気分にさせられた。どうにも調子が狂う。

「旦那、寒い、うん」
「…お前今何歳だっけ」
「十九だけど。いやまじ勘弁してくれ布団返せ」
「チッ」

 剥ぎ取った掛け布団を投げ返すと、デイダラはゆっくりとした動作でそれをかぶりなおした。やはり高熱で頭がぼうっとするのか、所作がおぼつかない。
 奴は改めて布団にもぐると、こめかみから汗をたらし始めた。今度は暑いのだろうか。俺はその様子を見ながら、風邪ってどんなものだったろうか、と考えあぐねた。自分が風邪をひいた時のことなどまるで思いだせなかった。いや、思いだそうともしていなかったかもしれない。何しろ俺は妙な気分なのだった。奴はそんな俺をよそに、布団の脇から腕を伸ばして俺の手首を取ると、しわを寄せた自分の眉間にその俺の手を乗せた。

「あづい」
「わがままだな」
「オイラ病人なんだから大目にみてくれよ、うん」

 俺の手は血が通っていないぶん、冷たくて心地よいのだろう。悠長にそう考え、そんなやりとりを交わした。持ってきたスープのことを思い出したが、腹が減っていないのなら無理に起こして食べさせることもない、さっさと治して任務に復帰してくれればそれでよいと、俺は柄にもないことを思った。奴は目蓋をやわらかく閉じ、口を無防備に半開きにすると、ひとつ安心したような息を吐いた。俺の手首を掴んでいる奴の手も、赤くて頼りなかった。だから、その手首をぐいと引かれて前に倒れこまされて、俺の上半身が奴の上半身に乗っかった形になるまで、そして奴の唇が俺の唇にくっつけられるまで、俺は完璧に油断していた。俺はとかく妙だったのだ。驚いた。奴の舌が唇を割り俺の歯列をなぞった。その舌は熱いような気がした。

 あわてて顔を引き剥がそうとするも、存外力強く後頭部を抑え込まれているらしく、抗うことができない。侵入を許されてしまった奴の舌が、俺のそれに絡んでくる。腹の底がきゅうとうごめき、くらりと浮遊感におそわれる。他人の熱を口の中で感じるなど、一体何年ぶりだろうか。奴の唾液の音がする。つくりものの口内が確実に濡らされてゆくとともに、全身の力がぬけてゆく。こいつ、なんだ、どういうつもりだ。風邪っぴきのくせして。正気なのだろうか。餓鬼のくせに。いや、もしかしてこいつは俺が思っているほど餓鬼ではないのかもしれない。俺の知らぬ間にどこかで色事を覚えてきたのかもしれない。だが、やはり下手くそだ。歯が当たる。息の仕方を忘れて時折あせっている。慣れているわけではないらしい。どうやら手探りでやっているらしい。無理をしているように思えなくもない。

 俺は無意識に、いま直面している状況を、何か別のものと比べていた。ふわふわと働きづらい頭で、デイダラの行為の意味を分析しようとしていた。この、身体が火照ってゆく感覚を、記憶の中から探り当てようとしていた。不思議なことに、寒さや風邪のことはからきし思いだせなかった俺の頭は、いま与えられ続けている不自然な熱によって、フラッシュバックを繰りかえすことができるようになっていた。
 遠い昔の記憶の中で、俺は誰かに抱きかかえられていた。高鳴る心臓に苦しがっていた。自分の胸を相手の胸に押し当て、その首を夢中でかき抱いていた。息切れがして、でも口は相手のキスで塞がれていて、喉の奥がつまるような切なさを感じていた。自分の唾液と相手のそれが混ざり合うことに、背徳感と悔しさと、それと同じくらいの喜びをおぼえていた。相手のキスが嬉しかった。相手のすべてが欲しいと思った。その相手を、その男を、俺はきっと好きだった。

 乾いた俺の口の中で、デイダラがもがいている。熱も鼓動もない俺の身体を、懸命に抱き寄せようとしている。温度のある何かを手に入れようとしている。見つからないとわかっているのに、探さずにはいられないといった様子だった。俺はもう、何も持ってはいないのだ。こいつは遅すぎたのだ。そのことを、こいつはどれだけわかっているのだろうか。

「はあ、はあ、はあ…」

 デイダラの口が俺から離れる。熱で朱色に染まった奴の顔に乗っている青い目が、何かにうなされているかのように俺を見据えていた。俺は奴のために、何か言ってやらねばと思った。

「風邪で、ボケたか?デイダラ」
「…ボケてなんかねえ」
「いいか、俺は、お前とは違う。俺が、お前を好きになるとか、お前の欲しがるもんをやれるとか、そんなことは金輪際ありえない。今更、そんなことはありえねえんだよ。俺が俺を傀儡にして、あいつをも傀儡にした時から、ずっと」
「…んなことはわかってる、うん」
「ククッ、なんだその面。俺はお前のためを思って言ってやってるんだぜ?お前のことはかわいーよ。なんならしばらく添い寝してやろうか?」

 そう言って俺はデイダラの頭を撫でた。こいつが餓鬼の頃によくしてやったように、やわらかく、やさしく撫でてやった。人をやめた俺に、傀儡の俺に、もうこれから新たに誰かを愛することなどできない俺に、こいつまで付き合わせることはない。高熱に中(あ)てられたがゆえの気の迷いだと、そう思わせてやればいい。奴にとっての俺がどんな存在であろうとも、俺にとっての奴は、奴が餓鬼の頃からさんざん顔を突き合わせた只の連れにすぎないのだと、そう奴に教えられるのならば、それでいい。

「いらねーよ、そんなん」

 無理を押した身体を休めるように、デイダラは枕にばふっと頭をあずけた。前髪を手の甲でかき上げて、ふうと溜息をついたその様子から、俺は何かを読み取ることはできなかった。

 部屋にかかっている室温計に再び目をやると、相変わらず15度を指していた。15度って、やはりけっこう寒いんじゃなかったろうか。俺は乱れた布団をデイダラにかぶせ直し、ひとつふたつ、ぽんぽんと子供をあやすように身体をたたいてやった。そして「スープ置いといてやるから、食って薬飲んでさっさと寝ろ」とだけ声をかけ、静かに奴の部屋を後にした。デイダラは何も言わなかった。それなのに俺は、口の中に残るわずかな熱に、いささかの懐かしさと後悔をおぼえているらしく、そんな自分にどうにも閉口せざるをえなかった。







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20111007


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