※デイダラと女の子の話
※現パロ





「世の中を批判するようなことを言うのは、聞いてて良い気分がしないからやめろって言われたの。でも、自分の意見をちゃんと言うことの、何が駄目なのかしら。いちいち周りに何て思われるか、気にしながら生きてかなきゃいけないなんて、おかしいと思わない?」

「オイラはそいつの言うことも一理あると思うぜ、うん」

 私はてっきり、彼は私に賛成してくれると思っていたので驚いた。彼は何やらもったいぶった様子でうんうんと頷くと、床の上にあぐらをかいたまま腕を伸ばし、コーラのペットボトルを手に取った。しゅぽっ、と炭酸がはじける音とともにキャップが取られ、黒だか茶色だかあずき色だかの形容しがたい色の飲料が、ぐびぐびと彼の喉を動かした。冷房の独特のにおいが1Rのアパート内にしんしんと染み渡り、私の暑さをごまかしていた。彼の部屋にはカーペットが敷かれていないから、ずっと座っているとお尻が痛かった。窓にはカーテンもついていなくて、テレビは時代遅れのブラウン管だった。私の部屋とはぜんぜん違う彼のそれに、私はいた。

「話を聞いてる奴が、腹の中で何を思ってるかなんてわかんねーからな」
「どういうこと?」
「反体制だとか何とかケチつけて、あんたを思想犯ってことにして魔女裁判にかけるかも」
「残念ながらこの国では言論の自由が保証されてるんですよ、デイダラ君」

 自由奔放な彼は、自由奔放なわけのわからない意見をする。そんな彼の話が面白いから、私は週に三回は彼の住処に遊びにいく。
 彼はコーラのキャップを締め直すと、バケツからひとかたまりの粘土を取り出してこねはじめた。一日ひとつ、小さな粘土細工を造るのが彼の習慣のようだった。そうして溜まっていく彼の完成品が、いつもどこに行くことでこの部屋から消えているのか私は知らない。彼は美大生を自称していたけれど、私は彼が学校に行くのを見たことはない。私の知っている彼の行き先は、コンビニの従業員室と美術館だけだ。

 彼は私の住んでいるちっぽけな世界を超越した人だった。箱庭の中しか知らなかった私の知らないことを、たくさん知っていた。加えて彼は広い世界の中に、自分の世界をつくりだすことができていた。彼の世界は、彼の粘土に汚れた指先からまるく円を描いたところに、なんともうまく終結していて、当たり前のように心地よく収まっているのだった。
 私は粘土が詰まった彼の爪の先をぼんやりと眺めながら、ああ、芸術家の手だなあ、と満足した。

「なんだよ、そんなじっくり見てんなよ」デイダラが、手元の粘土から視線をちらと外して、私に言った。
「んー、好い手だなあと思って」努めてそっけなく、私はこたえた。

 彼に初めて会ったのは一カ月くらい前のことだ。
 小さいころから敬愛している画家の作品がとうとう来日したと聞いて、私はとある大きな美術館に足を運んだ。たくさんの人が群がって、その作品を眺めていた。人ごみの中、私は髪が乱れるのも肩掛け鞄が誰かにひっかかるのもちっとも気に留めず、夢中で柵の前に突入し、その作品を必死で目に焼き付けた。彼が「あんた、よっぽどそれが好きなんだな」と声をかけてきたのは、そのときだった。

 金髪長髪の派手な彼の第一印象は、実はよく覚えていない。ただ、彼の声と言葉だけは、深く耳に残っている。少し低めで、でも少年らしい親しみやすさがあって、何の含みもない声で彼が話しかけてきたことは、台詞の一字一句を含めて、覚えすぎるほど覚えている。
 私は今まで、男子という生き物に、そんなふうに話しかけられたことがなかった。幼稚園から今に至るまでずっと、金持ちのお嬢さん学校に通ってきたからだ。夏休み前になると友達はみんな、どこに旅行するとか、どんなコンサートに行くとか、どんな美術館に行くとかいう話ばかりしていた。そんなとき、私は決まって美術館に行くと言っていた。何人かは一緒に行こう、と誘ってきたけれど、私はひとりで行きたかった。その子たちは芸術がわかっているような顔をして、知性や気品を演出し、周りにイイトコのお嬢さんだと思ってもらうのが好きなだけなのだと、私はわかっていた。私が食い入るような眼で見つめてしまう、見つめながらも焦点の合わせ方に迷って瞳がすくんでしまう、その作品の前に立っていることにすら畏怖してしまう、そんな稀代の名作を、うっとりと眺めて我先にと感想を言い合うあの子たちが、私は好きではなかった。

 彼はあの子たちと違って、本当に芸術が好きみたいだったから、私たちは美術館で見た作品についてたくさん話をした。彼のもつ視点は斬新で魅力的で、時々自分の世界を主張しまくるのがうざかった。私がそれを褒めたり貶したりすると、本気で嬉しそうにしたり本気でふてくされたりするのが可愛かった。
 美術館からの帰り道、私は彼のアパートにお邪魔した。出会ってすぐ家に呼ばれたのに警戒しないのかと訝られたが、そう言われるまでそんなことには気づかなかった。それくらい彼と一緒にいることに違和感がなかった。それでいて新しい刺激もたくさんあるものだから、私はもっと彼の世界を知りたいと思った。そうして二人きりの言論大会が日常となっていった。私は彼の1Rの素朴な床の上に、新しい居場所を見つけたような気分でいた。

「でも私、やっぱり、自分の意見は言うべきだと思う。もちろん批判するからにはちゃんと理由を示して、納得してもらえるようにするのよ。反論が怖くて黙ってたら、なんのための国民主権だかわからないじゃない」
「コクミンシュケンとか、そんな難しいこと言うなよ。オイラは世の中のことなんか、今の生活が邪魔されなけりゃどうでもいい、うん」

 そんなのは私だってそうだ。私にとっては、こうして彼の部屋で、彼としゃべっていられる今の生活が何よりも大事だ。私は彼を尊敬しているし、彼に憧れていると思う。彼をもっと見ていたいのだと思う。ずっと見ていたいと思う。かまびすしい世間の評価とか、そういうくだらないしがらみから抜け出して、彼の自由な生活を自由に見ていたいと思う。でも、そんな放縦な生き方のためには、自分をさらけだすことのできる世界が必要なのだ。そんな世界の実現のためにはきっと、私の場合は、彼の隣でコクミンシュケンのようなくだらないことについて語ることが必要なのだ。

 いつのまにか、カーテンのない窓から、ちらちらと車のヘッドライトが往来するのが見える時間がやってきていた。彼が「もう帰る?夕飯食ってく?」と聞いてくるから、私は「どうでもいい」とふてくされてみた。

「じゃあ吉野家に行こう、うん」
「吉野家ってラーメン屋だっけ」
「は、いや牛丼屋に決まってるだろ。あんたってやっぱり箱入りだよな」
「箱入りを馬鹿にしないでくださいませんか」

 私がそうむくれてみせると、彼は本当に可笑しそうに笑った。その笑顔は何だか私の芯を弱くしてしまった。すごくからりとしていて、すごくつかみどころがなくて、すごく果てしない想いに駆られる、そんな笑顔だった。
 彼と一緒にアパートを出て、夜の街に足を踏み入れると、オレンジ色の街灯が、整列している夏の終りの蛍のようにぼうっとしているのが見えた。その下を灰色の人影がぱらぱらと歩いていた。いろんな色の看板が、いろんな色のライトで自己主張をしているのを見て、夜の街ってこんなに綺麗だったっけ、と感心した。そんな空気の中、私の一歩先をゆく綺麗な彼を黙って見守るのはなかなかに辛かったので、私は彼に、言論の自由を最大限に必要とする言葉を大声で告げてみたいと、そう思わずにはいられなくなってしまった。






20110830
20140311 ほんの少し加筆修正

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -