極々普通の、
とは言い難い、今の時代には些か豪勢なお屋敷の一室。
幼少期に付けられた天蓋は今更違和感等無く俺の視界を占領していた。
読みかけだった小説を読み終え電気を消して布団に潜り込む。時刻は午後十一時半を回っていた。



何時の間にか眠っていたのだろう、部屋に風が吹き抜ける気配がして目が覚めた。
寝る前に窓は閉めた筈だ。現に今窓は閉まっている。




「そっちには何もないぜ、うん。」




低く男らしい声が耳を掠める。
ばっと窓とは反対側、自分の左側を振り向くと長い黄金色の髪を携えた男が涼やかな顔でニィと笑った。




「…また来やがった。」


「相変わらず辛辣だな。顔は可愛いのに勿体ないぜ、うん?」


「勿体なくて結構だ。可愛いげなんざ俺には必要ねぇな。」


「本当、相変わらずだ。」




可笑しそうにくすくすと笑いながら足を左から右へ組み替える奴を俺は奴曰(いわく)の眠そうな目で睨み据えた。
先程も言ったようにこいつとは初対面ではない。これで幾度目だろうか、数え切れない程に関わりを持ってきた。それは俺の父と母が生きていた頃の幼少期にまで遡る。

『なあ、オイラと契約(やくそくごと)しようか。』

出会った頃から変わらぬ姿。異質な存在だと分かった時には既に契約が結ばれた後だった。
吸血鬼、デイダラと名乗るそいつはそう呼ばれていた。

それからは夜になると奴は現れた。
最初は怖くて堪らなかった。
血を吸われるという行為。首筋に走る激痛と血の気が無くなる感覚。ああ、自分はいつか殺されるのだと。

だが毎夜現れていた奴は急に不規則になった。
三日続いたり、全く来なくなったり。
こちらとしては毎日吸われて貧血もいい所だった為有り難い事だったがなんとなく気になってある日聞いてみた。そうしたら奴はこう言った、



「は?契約ってのはオイラが守る代わりにあんたはオイラに血を寄越すんだよ。ま、主従の関係みたいなもんだな。だから死んだら困る。」



言ってなかったっけ、うん?と間抜け面を晒したこいつを殴りたくなったのを覚えている。
言葉通りこいつは事故に見せ掛けて暗殺されそうになったり(俺の地位を欲しがる奴はごまんと居るからな。)、誘拐された時には必ず助けにきた。どす黒い悪魔の翼を携え、暗い瞳と深い笑みと共に。

そう思えばいつもこいつに助けられていた。血を抜かれるというデメリットはあるが、それ以上にメリットは大きい。
常に隣に居て、父と母が亡くなってからもそれは変わらずに存在した。失った悲しさと寂しさに塗れ、泣きじゃくる幼き日の俺に、面倒臭がりながらも拭い取ってくれたのは、こいつだ。

そう思い返すと俺は本当に血をやる事しかしてないんだな。




「なぁなぁー、何考えてんの?」


「別に。」


「無愛想、うん。」




いつか友達無くすぞ。何て笑いながら言うもんだから、お前が居ればそれでも、何て安っぽい言葉を浮かべて口元が緩く歪んだ。
デイダラは一瞬目を丸くした後、あんたでも笑えるんだなと失礼な事を宣った。




「っつーかお前なんで今日そんな格好なわけ?」


「格好?…ああ、知らねぇの?今日ハロウィンだぜ、うん?」


「ハロウィン…?」




デイダラは普段GパンにTシャツ等一般人と変わらない格好をしている。昼間は普通に街を歩いて人混みに紛れていたりするらしい。吸血鬼は太陽に当たると灰になるんじゃないのかと聞いたらそんなお伽話を信じてる奴がまだ居たんだな。と言われた事が古めかしい記憶の中にある。

そうやって人と変わらずに動き回ってる奴が今日は珍しく真っ黒のスーツをきっちり着込み、シルクハットを冠っていた。シルクハットは赤と青の薔薇で飾り付けられ、出で立ちは彼の言うお伽話の中の吸血鬼そのものだ。
俺はその正装とも言えそうな格好を見て、それがどうしたと目で訴えるとデイダラはニヤリと笑った。




「Trick or treat。」




そういう事かと納得した。
誕生日やらなんやらと、俺と違って行事には積極的なこいつがハロウィンという日を逃す筈がない。
毎回雰囲気から入る所を見ると意外とロマンチストなのだ、目の前のこの男は。




「生憎だが俺は菓子は食わないもんでね、何も持ち合わせちゃいねぇぜ。」


「あるじゃん、ここにさぁ。」




ククッと笑いながら白い指から生える長く尖った爪でつーっと首筋の動脈の真上をなぞられゾワリとした感覚が全身を巡った。
感じた?等と言われて顔に一気に熱が集まる。力任せに振り下ろした手は軽々と俺より少しデカイ手に受け止められた。
悔しい。
そう思って眉間に皺が寄る前に引き寄せられ耳の奥に直接奴自慢の低音を吹き込まれる。




「なぁ、」




聞くな危険だと脳が信号を出そうとも体は全く動かず、逆に背中にゾワリゾワリと何かが競り上がってくる。
それを見越してか、浮かべていた笑みを更に深くした。



布団に沈む体、髪にかかる金色に眼前に広がる青。
肌をなぞる指先に抗う術はもはや無く、首筋に近付く唇に最後の抵抗だと目を閉じた。








あそびましょ。
(お菓子も悪戯も手に入れてこそのハロウィンだろ?)













目の前で安らかに眠る赤髪を見つめる。
首筋に残る歯形と白い肌に残る性の跡。あどけない寝顔に滲む青少年特有の色香。微弱にしか動かない体はまるで美しい陶芸品のようだ。
今までの自分ならば契約を無視してとっくの昔に吸いカスにしている。人は一瞬であるからこそ美しい。それが自分の美学だ。
なのに、未だに守るのは過去の影があるから。


『デイダラ。』


髪色、性格、声色、容姿、無表情に宿る柔らかな瞳。
まだ幼いこの子は本当にあんたに瓜二つだよ。

柔らかい癖のある猫毛をゆっくりと梳く。想像していた以上に柔らかい手つきに苦笑いが零れた。



契約は二つある。
この子に施したのは一時の暇潰しや餌の確保の為の契約だ。こんなもの守ってる奴の方が少ない。
もう一つの契約は残酷で美しい選択肢。人は誰しも一度は必ず願う事。そして吸血鬼の唯一の繁栄方法。




「…なぁ…、もしこの子が望むならしてもいいよな?……あんたがオイラにしてくれたように。」




白い瞼がふるりと震え、薄茶色の瞳が現れる。



(なぁ、旦那。)



まだぼんやりと霞んで見えるだろうオイラの顔を更に認識出来ない程ぐっと近付けた。
もう居ないかつて愛した人よ、どうか許しておくれよ?



「なぁ、サソリ。」



オイラを貶(おとし)た同じ方法で、あんたの子孫を道連れにするよ。




「あんたは、永遠を望むかい?」

『デイダラ、お前は永遠を望むか?』







飴色の瞳が揺らいだ。










フリーとのお言葉に甘えて、劉様のサイトから掻っ攫ってきちゃいました…!
もう美味しすぎてどうしよう。吸血鬼デイダラ!この世界観!ハロウィンの美味しさたっぷり堪能させて頂きました。
大切にしますっ…!劉様本当に有難うございました!

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