※誘い受け




「さっきから何の用だ」
「なんもねえよ、うん」
「じゃあ何見てやがる」
「旦那のことなんか見てねえ」
「ざけんな。見てんじゃねえか」

 とは言え、こいつの考えていることなど、俺が一番よく判っている。何せ10年は共に過ごしているのだ。その腕がどこに伸びるのか、その手が何に触れるのか、その口が何を発するのか、その目が何を意味しているのか、そんなものは手に取るように判る。
 奴が草を踏み分ける音が、俺のそれよりも大きいこと。地面に伸びる奴の影が、俺のそれよりもほんの少し長いこと。そしてそれらは日に日に変化し続けていること。気が付いているのは俺くらいのものだ。

 がさがさと揺れる草むらが終われば、アジトは目と鼻の先だ。頭上を覆っていた曖昧な空が背後へ引っ込み、ぼんやりした深緑の森が俺の足元を新たな色に染める。
 俺が一旦足を止めると、二、三歩下がったところでデイダラも足を止める。ふり向いてやれば、視線がかち合う前に奴はふっと斜め下を向く。俺は薄暗い木陰の中。奴は日向に留まっている。金髪が明るく軽やかに風に吹かれているものの、その口は一文字に結ばれている。
 声をかけてやろうかとも思うが、止めにして俺はさっさと森の奥へ進んでいく。暫くしてやっと、再び後ろで奴の足音が鳴り始める。全く、素直じゃねえ奴だ。



 アジトに帰りつく。長い廊下をわたり、俺は自分の部屋の前に立つ。デイダラも俺の横に立つ。遠慮がちに、微妙に距離をとっている。
 例によって、それが何を意味するかは判り切っているが、こいつはいつまでこの調子を続けるつもりなのか。仕方ないから助け舟を出してやる。

「用があるんだろ?入れよ」

 傀儡の工具が散乱し薬物の臭いが充満する俺の部屋へ、デイダラを招き入れる。この部屋特有の空気が奴に触れ、その表情が変わる。それが何を意味するかも、俺には良く判っている。

 俺は部屋の中央に胡坐をかく。奴は部屋の扉をばたん、と後ろ手で閉める。途端にざわついた気配が床へ沈む。無音という音が空間を固めていく。呼吸をするのも熱を発するのも、奴だけになる。
 デイダラは扉の前に立ったまま、それ以上俺に近づこうとはしない。碧い目でただ俺を睨みつけている。そして固くはっきりした低い声で、告げる。

「オイラは旦那が好きだ」

 ようやく来たか。

「好きだ、旦那」

 日向に居ようが日陰に居ようが、俺にとっては奴の心など全てが明瞭だ。奴の腕が手が口が目が、全てを物語っているのだ。今更聞かされるまでもない。
 俺は黙ったまま真っ直ぐ奴を見つめてやる。今回はデイダラも目を逸らさない。その碧い瞳から発される光は鋭く、赤く、俺の反応を待っている。

「…何とか言えよ、うん」

 だがまあ、奴が今更そんな事を告げた意味も、俺は判っているつもりだ。お望み通りの反応をしてやろう。

「そろそろ辛くなってる頃だと思ってたぜ」

 俺は腰を上げ、俺を睨んだまま立ちつくしているデイダラの元へ向かってやる。奴は後ずさりするように、扉に背をつけてがたんと音を立てる。奴の瞳は欲に塗れているものの、身体は思い通りに動かないらしい。むしろ思い通りに動かそうとして、空回りしているかのようにも見える。
 いいか、お前の事は俺が一番よく判っている。俺はデイダラの顎に手を伸ばす。くいっとその輪郭を掴んで、互いの顔を引き寄せる。瞳まで空回りし始めた奴の表情に、にやりと笑みを浮かべてやる。
 そう、お前は俺を使えばいい。何せ10年も共にいるのだ。伊達に相方をしているわけではない。

「来いよ」

 次の瞬間、固くなっていた部屋の空気が割れる。俺は奴に押し倒され、床に背中を打ちつけられる。肩を縫いとめられ、唇を塞がれる。こうなる事は判っていたから特に驚きはしない。俺の首筋を吸い始め外套の留め具に手をかけるデイダラを、俺は黙って受け止める。

「旦那…っ!好きだっ」

 だが、計算違いだった事、判っていなかったことが全くないと言えば嘘になる。こいつ、こんなに力が強かったのか。こんなに肩幅も広かったか。そして、こいつに組み敷かれることに胸の高鳴りを覚えているのか、俺は。ああ情けねえ。
 今まで判っていたつもりで目を逸らせてきた奴の若い男としての精気に、いつの間にか俺はほだされていたらしい。そんな自分に少し呆れたが、やはりこいつの事を一番よく判っているのは俺なのだ、という自負は崩さない、いや崩せない。

「好きだ、好きだっ、旦那…!」

 お前がたたみかけてくる欲など全部、この俺が満足させてやろうじゃねえか。
 狂ったように俺の名を呼ぶデイダラの耳元に、俺も口を近づける。そして、奴の名前と挑発の言葉を、低く、深く、流し込んでやる。






4300hitを踏んで下さった劉様からのリクエストで書かせて頂きました

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