とてとてとて…
広い船内を歩きまわる小さな足音。この船唯一の一般人、ぱいの足音である。
「あ、ぱい様。若様ならこのまままっすぐ進んで、突き当りの部屋にて執務をしてますよ。」
昨日からずっと篭ったまま出てこねえんで、心配してるんです。というので、では様子を見てまいりますね、ありがとう。とここ数ヶ月ですっかり仲良くなった航海士さんとお話をする。
内陸で生まれ育った私が初めての船旅で…間違えて乗り込んだのがまさかの王下七武海の海賊船。まあ、当時は王下七武海とか海賊船とか言われてもよくわからなかったのだけれど、いまなら、とんでもない所に転がり込んでしまったとわかる。
普通なら瞬殺されてもおかしくないところを何を思ったか好きに過ごさせて頂き、いまではすっかりマスコットキャラとして定着している。
まあ、人生どうなるかわからないな、と独りごちつつ歩いていたら突き当りの部屋の前に到着した。
そのままドアをノックし声をかける。
コンコンッ
「若様、ぱいです。」
「入れ。」
ふむ、起きていたようで…失礼しますと中にはいれば机や床に所狭しと散らばる書類の数々。それを踏まないようにとかき集め、向きを揃えてまとめながら若様の元へと向かう。
よいしょ、と机の上に書類の束をおけば(若様サイズの机なので当然大きい。置くのも一苦労だ。)ぽふりと頭を一撫でされた。
その気だるそうな手の動きから暫く休めてない事を察知。若様の手をやんわりと包み込んで先程航海士さんと話した内容を伝えることに。
「若様、ここ最近よく休めていないそうですね。航海士さんをはじめ、皆様心配なさってますよ。」
少しでも休んで欲しかったので、私も寂しいです。少しの間だけお話し相手になってくれませんか?と、どうにかして休ませようとすると、じっと顔を見つめたあとにフッフッフッと笑い出し、書類をすべて引き出しの中にしまいこんだ。
「で、ぱいチャン。お話ってのは何だ?」
「そうですねえ…」
うむむ、休ませたい一心で口をついたことなので改めて問われると難しい…。
それを恐らく察しているであろう若様は、ニヤリとしながら、早く話さねえか、なんて言ってくる。咄嗟に出てきた言葉が…「き、今日はハロウィンですね!!若様、とりっくおあとりーと!!」
うん、これね、子供が言うべきアレよね。私はもうお菓子をもらうような年齢ではないのよね。
一瞬面食らったような顔をしたものの、すぐにいつもの笑い顔に戻った若様は、残念、俺ぁずっとこの部屋にいたから菓子なんてねえなア…なんてちっとも残念じゃなさそうに言う。
「では…悪戯されるのを選ぶのですね。」
「そうだなア。ぱいチャンの悪戯ってのは何するんだ?」
ホラ、早くしてみろよ、なんて余裕たっぷりに待ち構えています。
これ、何しても返り討ちにされません?大丈夫?今まで生きてきた中で、ここまで命の危機を感じる悪戯を仕掛けることがあっただろうか…ないな。
私のいたずらのレパートリーなんてたかが知れてて、油性ペンで額に肉って書くとか、飲んでる酒に別の酒をこっそり混ぜ込むとか…。若様が喜ぶ(且つ私の命が飛ばないような)悪戯なんて思いつきもしない。一つ思いつきはしたけど…私が盛大に恥ずかしくなるだけで、若様にはなんの効果もないと思う。
あーでもないこーでもないと悩むものの答えは出ず。結局、待たせれば待たせるほど機嫌が悪くなるので何でもいいからさっさと終わらせてしまおうという答えに落ち着いた。
「若様、今から私がイトイトの実の能力者です。若様は、一般人です。」
これ悪戯ですからね、と前置きして設定を話す。そりゃあ、おもしれえ…と乗ってきたので続けることに。フッフッフッ…前からやってみたかったんですもの、テンション上がりますわ!
「ではいきますよ!はい、若様、寄生糸!」
そのまま動かないでくださいね、と言いつつ若様の膝の上へとよじ登る。
「フッフッフッ…次は?」
「そのまま目を閉じてください。」
フッフッフッと笑いながらも言われた通りに目を閉じる若様。さあ、いよいよです。
ちゅっ
頬に一瞬あたたかな感触が…
「…あ?」
「フッフッフッはい、解除。…悪戯成功です。」
おもむろに瞼を上げれば頬を染めて恥ずかしそうに、しかしニンマリと笑うぱい。
「こりゃあ一本取られたな。フッフッフッ…!」
心がじんわりと温まったような感じがして、嗚呼、この感情の名前は何だったか…今ではすっかり忘れてしまったが、今この時だけは忘れたくないとぱいを抱きしめるのであった。