■ 変化する世界。

 

「お前にこんなことを頼むのは本当に申し訳ないと思っている。嫌だったら断ってくれて構わないんだ。」

私の目の前で辛そうに言う父。
どうやら古くからの医療関係の取引先の社長さんに父と私が写っている写真を見せたところとても気に入られてしまったようで、是非とも一度息子さんと会ってお見合いをして欲しいと言われたらしい。所謂政略結婚というやつだ。
私だって社長令嬢としてそれくらいの覚悟はしているつもりだ。父は業界最大手の製薬会社の社長で、後々会社は兄が継ぐことになっている。私には自由に恋愛をして、好きな仕事をして、幸せになって欲しいと常々父は言っていてその通りにさせてくれた。今まで自由にさせてくれた大好きな父に私が出来るきっと一番の恩返しだ。

「その話受けるよ。会うのはいつになりそう?」

それからトントン拍子で話は進み、翌週には趣のある料亭で会うことになった。













「失礼します。」

襖の向こうからテノールが聞こえた。どうぞ、と返して待つ。着慣れない着物に身を包み、無意識に正座した足の上でぎゅうっと握った拳を見つめていた。

「お待たせして申し訳ありませんでした。」

その声に顔を上げると、前には灰銀の髪と目を持った背の高い男性がいた。こんなにかっこよくて時期社長なんて高スペックな人だなぁとどこか他人事のようにぼんやりと思っていた。軽くお互い挨拶をして、ありがちな後は若いお二人でなんて言い残して去って行って、ノボリさん(という名前らしい)と二人になった。

「ヒメ様はこの縁談についてはどうするおつもりですか?」

お、いきなり確信を付いてくるのね。私は決めてきたつもりだけど、ノボリさんこそこんな政略結婚受けるつもりなのだろうか。

「私はお受けするつもりです。」

「そうですか、私も同じでございます。」

はい、これで政略結婚は無事決まりね。あとはノボリさんが暴力を振るわなくて普通の人であればそれで良いのだ。とても暴力を振るったりするような人には見えないけど。でも一応聞いておこう。

「ノボリさんはそれで構わないんですか?こんな政略結婚なんて。」

「おや、聞いておりませんか?この縁談は私が父に頼んだのでございます。」

くすりと笑って答えるノボリさん。え?そんな話聞いてない。てっきりノボリさんのお父様が一方的に持ち掛けた話だと思ってたのに。それから更に追い打ちをかけられる。

「ヒメ様はライモンシティでカフェを経営していらっしゃるでしょう?」

どうして知ってるの?
その通り、私は現在カフェをひとつ経営している。経営といっても私もフロアに出ることも多い。好きなことをして良いと言ってくれた父の好意に甘えて、昔からやってみたかったこの仕事をしている。今は中々お客さんの入りも良く順調なのだ。

「以前に一度打ち合わせで行ったことがございまして、その時に貴女をお見かけしたのです。とても楽しそうに働いていたのを見てずっと気になっておりました。そしてしばらくしてから父から取引先の娘様の写真を見せられて、それが貴女だったのですから大変驚きました。このチャンスを決して逃してはいけないと思い父に頼んだのです。」

ちょっと待って。私の思考回路が停止してしまったようで全然話についてけない。ノボリさんは私を前から知ってたってこと?私に構わず話を進めるノボリさん。

「私と一ヶ月間夫婦生活を送って頂けませんか?その間に必ずヒメ様を振り向かせることをお約束致します。」

う・・・。真っ直ぐに見つめられると何も言えなくなってしまう。私と結婚して頂けるかどうかは一ヶ月間に決めて頂いて構いません、と付け加え、私の方へ手を伸ばしてきた
。元々この縁談を受けるつもりで来たんだし断る理由はないし、拒否する術は持ち合わせていない。

「はい、宜しくお願いします。」

その手をそっと取り返事をする。
こうして私の少し奇妙な結婚生活が始まったのだ。



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