インパチェンス
 

『取るべき道はただひとつ、一緒に住めばよろしいでしょう?』


店舗の上を住居用に使っていたけれど、色々と道具や材料が増えて

すっかり手狭になったので、住む場所を探して情報誌を読んでいたら

恋人のノボリさんに、こう提案されました。



付き合ってからまだ日も浅くて、それはちょっとと躊躇する余裕も与えず

彼は業者を手配して、私の荷物を彼の家に運び込んでしまった。

仕事をしながらの荷物整理は遅々として進まず、一緒に暮らし始めて

もう一ヶ月経つのに、部屋の片隅にはまだダンボールが積まれてある。

花屋に休みなんかないから仕方がないけど、流石にマズイと思って。

今日は店を早めに閉めて、荷物整理をしている最中。



元々、それほど多くなかった荷物は2時間程で全て片付き

仕事で遅くなる恋人の為の夕食の用意も終わり

今は、荷物と一緒にここに運び込んだ鉢植えの世話に夢中になってる。

元気のなくなった花を摘み、小さなお盆にそれを置いていく。



そう言えば、まだお付き合いする前のノボリさんに

花びらで爪を染めてもらった事もあったっけ。

あの時、正直私はドキドキしてて、悟られないように必死になっていた。

だって、私はただの花屋の店主だけど、相手は超有名人。

私の想いなんて絶対に届くはずない、成就するはずないって思ってた。

ライモンシティでサブウェイマスターを知らない人なんていない。

そんな人が私の恋人になったのは、あの事がきっかけだったかもしれない。



朱色の花びらを摘んで見つめる。

この花はインパチェンス…あの時爪を染めた鳳仙花と同属。

自分の爪を見つめれば、ほんの少しだけれど紅色が残っている。

それがなんだか寂しくなって、私はお盆を持ってソファーに座った。

花びらを摘んで爪に擦りつければ、同じ様にうっすらと染まる。

あの時のノボリさんの視線、指の感触、そんな物を思い出しながら

ひとつ、またひとつ花びらの色を爪に移してゆく。



最後の爪を染めようと花びらをつまんだ手が不意に掴まれる。

慌てて振り返れば、仕事を終えて帰ってきたたノボリさんが立っていた。



「ごめんなさい、つい夢中になってて気がつかないとか…

おかえりなさい、お仕事お疲れ様でしたノボリさん。」



「ただ今戻りました。アイは何をしてらっしゃったのです?

見た所、この花びらは以前とは違うものだと思うのですが。」



あ、ノボリさんもあの時の事を覚えていてくれたんだ。

そう思ったら心がほっこりと暖かくなった。



「覚えていたんですか?えぇ、前の花とは違いますけど同じ仲間です。

だからもしかしたら同じ様に染められるかなぁって。」



両手をノボリさんにかざして見せれば、染残した爪の方の手を掴まれた。

その手が凄く冷たくてビックリしていたら、

気がついたノボリさんが外を指差した。



「あ…雪?」



「えぇ、今年初めて…初雪でございますね。

それはさておき、アイ…最後の爪くらいは私に染めさせてくださいまし。」



ソファーに座る私の前に、騎士のように跪いて私の手を取り

ゆっくりと花びらを爪にあてる。ノボリさんの指にも前に付けられた

花の色がほんのわずかだけど残っていて、なんだか恥ずかしくなった。



「本来であれば、以前のように全ての爪を染めて差し上げたかったですね。」



染まり上がった爪の先にノボリさんが唇を落とす。

恥ずかしさで頬に熱が集まるのを感じる。嬉しいけど、恥ずかしいです。



「おや、私は爪だけ染めたはずですが、

アイ、貴女の頬も同じ色に染まっておりますね。何故でございましょう?」



シルバーグレーの瞳が細められ、私の爪と同じ色に染まった指が頬を辿る。

鼓動が早くなって、息苦しささえ感じる。

何か言いたいのだけれど、うまく言葉が出なくて、

私の唇はさっきから開いたり閉じたりを繰り返すだけだった。

俯きっぱなしだった私の視界が暗くなったから、どうしたのかと思って

顔を上げた時には目の間にノボリさんの顔が近づいていた。



「爪だけでは足りません。そして頬だけでも足りません。

欲張りだと自分でも思いますが、アイの全てを私が染めたいのです。」



そのまま唇が重なり、ソファーに倒れこむ。

恋人同士だから、こういう事はあるけれど、やっぱり恥ずかしいわけで



「ノボリさん待って!晩御飯食べなくちゃ…お腹すいてるでしょう?」



「ベタな答えで申し訳ございませんが、今はアイを食べとうございます。」



「や、待って下さい!ここリビングです!明かりもついてますってば!」



「愛を語るのに場所など瑣末な問題でございます。

それに明かりが無くては、アイが染まる様を見れないでしょう?

そういう事でございますので、諦めて私に染められて下さいまし。」



話を聞こうとしないノボリさんの頬も私と同じ色に染まっていた。





  ─インパチェンス(花言葉:我慢できない)─
 


 
 
 



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