06


ノボリの苦虫を噛み潰したような顔を見ながら、僕はもう一度言う。

「お願い、ノボリ。もう一回ヒメと話をさせて欲しいの。絶対ひどいことしないって約束するから。」
「......では条件がございます。私をクダリの部屋で待機させること、私のオノノクスを見張りに付けさせることです。宜しいですか?」
「うん!ありがと!」






その日の仕事が終わってからノボリの家に向かった。部屋に入ってノボリから預かったオノノクスを出した。オノノクスはすぐにヒメの水槽の前に行き、僕を威嚇した。あぁ、そういえばこのオノノクスはすっごくヒメに懐いていた。

「ヒメ、この間はほんとにごめんなさい。」

水槽の前に座り込み、僕がそう零すと慌ててボードとペンを取って何かを書き始めた。ノボリはこうやってヒメとコミュニケーションを取ってるのかなぁ。

『気にしないで下さい!クダリさんが悪い訳じゃないんですから。いきなり人魚の姿の私がいたら普通はびっくりしちゃいますよね!』

ヒメってほんとに優しい子。水の中でしか息が出来ないのならあの僕が水槽から出していた時間はすごく苦しかったはずなのに。ヒメの優しさに触れて僕は更に決心を固めた。

「あのね、今日はヒメに聞きたいことがあるんだ。ヒメはこのままで良いの?海で暮らしたいとは思わない?
...こんな言い方をしたくはないんだけど...ここで暮らすよりも海で暮らした方が長生き出来るんじゃないかと思って...」

ヒメはすぐにペンを取った。

『人間の姿のときは特に海が好きってわけじゃありませんでした。ただこの姿になってから少しだけ恋しく思うときもあるんです。』

「それじゃあ...!」

僕が言葉を紡ごうとしたのを制止してまた書き始めた。僕は書き終わるのをじっと待っていた。

『私は海で暮らして長生きするよりも、長くは生きられなくても良いから、少しでも多くノボリさんのそばにいて命を終えたいです。心配くれてありがとうございます、クダリさん。』

僕は心底驚いた。
ヒメがここにいるのはノボリが一方的な思いで閉じ込めていると思っていたから。もしもヒメが海で暮らしたいならどんな手を使ってでも連れて行こうと決めていた。まさかヒメもほんとにノボリと同じ狂った考えだなんて思ってもみなかった。なんだか拍子抜けで笑えてきた。
急に笑い出した僕を不思議そうに見ているヒメにその話をするとくすくすと笑った。

『私もノボリさんもきっと狂ってるんです。一緒に暮らし始める前にノボリさんが、私のことを誰にも見せたくないって言ってくれたことがあったんです。その時はびっくりしちゃって断る言い方をしてしまったんですけど、ほんとはすっごく嬉しかったんです!』
「えー!ヒメその頃からそんなこと思ってたのー?やっばりヒメとノボリってちょっとおかしい!」

そんなことを話して二人で笑い合った。
あぁ、これなら大丈夫だ。ヒメとノボリは心配ない。お互いが歪んだ思考で求め合ってるなんて最高に素晴らしいことじゃないか。
僕が考えていたのは余計なおせっかいだったみたい。今日ヒメと話せて良かった。安心感と同時に嫉妬心もあった。ヒメみたいな恋人がいるノボリが純粋に羨ましかった。


どうか、幸せになって下さい。



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