03

「海で暮らしたいと思いますか?」

手持ちのシャワーズと遊んでいるヒメに水槽のガラス越しに尋ねると、少し間を置いて手元のボードに「いいえ」とヒメは書きました。
彼女が私の望み通りになったのは大変喜ばしいことなのですが、ヒメの可愛らしい声が聞けなくなってしまったのは寂しいことでございます。流石にジェスチャーだけでは意思の疎通が難しかったので、水の中でも書けるペンとボードを買ってきてヒメとはこれでコミュニケーションを取っています。今まで中々見ることのなかった彼女の丁寧で丸っこい字を見るのは新鮮でございました。私は彼女とこうして話をするのがとても好きでございました。

海に暮らしたいかと問うてみたのは単なる好奇心で、彼女がそう望んだところで手放す気などは更々ございません。例えばヒメを海に放して戻ってこなくなったら?ポケモン達と海で共存することを選んでしまったら?私以外のものを選んでしまう?そう考えただけでも気が触れてしまいそうでした。ただ元々人魚はこうして水槽で生きる訳ではないので疑問に思ったのです。
コンコンとガラスを叩かれ顔を上げると、
「私いない方が良いですか?」
と泣きそうな顔のヒメがいました。私は自分のことばかりで一番不安である筈のヒメの気持ちを考えていなかったのです。自分浅ましさに嫌気が差します。

「申し訳ありません。そんなつもりは決してなかったのです。聞いてみただけでございますよ。ヒメは私がずっとずっと守って差し上げます。」

そう言うと、本当に嬉しそうに笑ってその顔を隠すようにシャワーズを抱きしめました。大変可愛らしく私とて幸せな筈でしたが、何だかそれが面白くなかった私はシャツの袖を捲って水槽の中手を入れました。冷たい水が私の指を劈きます。ヒメはするりとシャワーズを放して私の手に擦り寄ってきて下さいました。私の心は彼女に対する愛しさという感情で満ち満ちていました。話が出来なくとも、抱きしめ合えなくとも、キスが出来なくても何の問題もございません。私達を阻むものは何もないのです。



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