01

「ヒメ、行って参ります。」

ノボリさんの落ち着いた声に沈んでいた意識が浮上する。声を発することが出来ないから出来る限りにっこり笑って手を振ってみた。

「出来るだけ早く戻りますので。」

優しい表情で水槽のガラス越しに私の頬を撫でる仕草をした。そして名残惜しそうに仕事に向かうのだ。ぱたん、と玄関のドアが閉まる音が響いた。どうして、どうしてこんなことになってしまったんだろう。考えたって仕方がないことや、どうしようもないことは十分に理解しているつもりだ。それでもそう思わずにはいられない。


足がなくなり、その代わりに私の足があった部分には尾びれが出来た。
水の中でないと苦しくて息が出来ない。
声帯が変わってしまったのか声が出せない。


私がこうなってしまったのは少し前のことだった。理由は全く分からない。人魚に憧れを抱いていたわけでもないし、そうなりたいと願ったことはない。

ポケモンという生き物がたくさんいるこの世界ではある程度のことであれば何が起こっても不思議ではないが、この現状にはさすがに驚いている。私は聖女ではないから悪いことだって少なからずしたことだってある。それが神様の逆鱗に触れてしまったのか。それとも私みたいな一般人がノボリさんみたいな素敵な人と付き合っていることに天罰が当たったのか。もしそうだとしても私はこの恋だけは諦められない。私にはノボリさんより大切なものなんてこの世にないのだから。

なんとなくだけれど、あまり私の命は長くないのではないかと思う。人魚が実在するのであれば勿論海の中だろう。それに比べて私が生きているのはこの水槽の中だ。

だから、せめて、
少しでも長く生きてノボリさんの側にいたい。
ねぇ、神様。
これ以上何も望みはしないから、
私からこれ以上何も奪わないで下さい。

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