08

最近のヒメは、現実と夢の中が混濁していることが多いようでした。もうそろそろ死期が近いことは明白でした。


ぼんやりと私を見ているようで見ていないその瞳はどこを見ているのでしょうか?ヒメが水の中でゆるりとシャワーズを撫でると、シャワーズがボードを咥えて水槽から出てまいりました。そしてボードを私に渡しました。そこには彼女の字で綴られた私宛の手紙がありました。


『きっとこの手紙を読んでいるということはもう私はそろそろ死んでしまうんでしょう。先に逝ってしまうことになってごめんなさい。手紙を書いたのはノボリさんに伝えたいことがたくさんあるからです。

私がこんな姿になっても変わらずに愛してくれたことが一番嬉しかったです。ずっとずっと水槽の中でもノボリさんの愛に包まれて幸せでした。私も同じだけの愛を返せましたか?この水槽の中で誰にも会わずにノボリさんだけで生きていけることも本当に贅沢だなと思います。
人がその人であると形付けるものとは何でしょうか?それは人柄、仕事、趣味、性格など色々あると思います。私にとってのそれはノボリさんだったのです。ノボリさんなしでは私の人格は存在しない。私として成り得ないのです。ノボリさんにとっても私がそうであれば嬉しいです。

それからクダリさんにも宜しく伝えて下さい。この姿になっても前と同じようにお話をしてくれてとても楽しかったです。手持ちのシャンデラやオノノクスにも。可愛くて賢くて素敵な子達でしたね。

私はノボリさんと結婚することも、子を成すことも、一緒に遂げることも出来なくてごめんなさい。でも、強がりでも自分に言い聞かせる訳でもなくて、私の人生は素晴らしかったと言い切れます。だって好きな人に愛されたまま死ねるのですから。ずっとずっと大好きです。誰よりも愛しています。

最期にキスして下さい。』

手紙を読み終えて彼女の方へ目をやると、ふわりと美しく微笑み、その鱗を揺らして水面に向かいました。
私も水槽へ近付くと、ヒメが水面から顔を出しました。顔を少し歪めたのはやはり苦しいからでしょうね。私はそっとヒメの頬を両手で包み、唇を重ね合わせました。

「ノボ、リさん、あい、してま、す、」

絞り出すようにでしたが、しっかりと私に届きました。久しぶりに聞いたヒメの声に視界が少しだけ歪みました。

「ええ、私も永遠に愛しております。」

ヒメの身体から力が抜けていきぐらりと倒れて浮いていました。綺麗に微笑んだままでした。


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