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「今日からここで働くことになりました、ヒメです。一生懸命頑張るので宜しくお願いします。」
頭を下げて自己紹介をするヒメさんに、鉄道員の間も「可愛い」といくつも声が聞こえてきた。ただでさえここには女性の鉄道員なんていないから早くもアイドル的存在になるのは間違いなさそうだ。
「さぁ、皆さんは業務に戻って下さい。」
黒ボスの一声で鉄道員達はそれぞれの持ち場に戻って行く。執務室に残ったのは黒ボスと、書類業務を行う僕カズマサとクラウドさんだけだった。執務室がいつもより少し静かなのは、白ボスはダブルトレインに乗車しているからだ。
「おー!話は聞いとったで。よろしゅうな。分からんことは何でも聞いてや。」
「クラウドさん!お久しぶりですね。またこれからも宜しくお願いします。」
面識があるクラウドさんは、ヒメさんの頭をわしゃわしゃ撫でている。ヒメさんも知っている人に会えて先程より緊張が解けたみたいだ。僕も言わなくては。
「ヒメさん、この前はすみませんでした!まさかボス達の知り合いの方だったとは知らずに・・・」
「私が連絡入れずに来なかったのがいけなかったんですから全然気にしないで下さい!」
この間、ボス達の知り合いとは知らずに追い返してしまったことを謝罪すると、失礼なことをした僕に怒った様子なんてひとつも見せず、笑顔で返してくれる。可愛い上に優しいなんてなんかずるいな。
「ヒメ、駅内を案内致します。」
黒ボスがヒメさんに声をかけると、僕達に行ってきますと軽く挨拶をして、小走りで黒ボスのことをところへ行くヒメさん。
「ああ、そうでした。ヒメ、本日の夜はビーフストロガノフが食べたいです。」
「あったかくて良いですねぇ。じゃあ今日お仕事終わったら、買い物して帰ります。」
「一緒に上がれそうでしたら荷物持ちでお付き合い致します。」
執務室を出て行く二人を見ながら、僕は相当驚いていた。黒ボスが誰かをあんなにも気にかけ、穏やかな表情で話をしているところを初めて見たからだ。
「クラウドさん、あの二人って付き合ってるんですか?」
「付き合うてはないらしいで。黒ボスがヒメのことを好きなのは見ればすぐに分かるけどなあ。もう一つ面白いこと教えたろか?」
にやにやしているクラウドさんに向かって僕は頷く。次に来る言葉に更に驚きを隠せなかった。
「ヒメな、今ボス達の家で一緒に住んでるんや。しかもボス達から誘ってるんやて。」
「え!?ボス達あんなに女性は苦手と言ってたのにですか!?」
「そうらしいで。白ボスもえらい気に入っとったしな。」
うーん、これからヒメさんに好意を持つ人はたくさん出てきそうだけど、その話を聞くとボス達が絶対に通さなそうだなぁと思いながら溜まっている書類に手を伸ばした。