かきもの | ナノ



本当に罪悪感を抱いていたのは誰だったのだろう、思いながら目の前の震える唇をぼんやり見つめていた。
「おれのこと、だましていたんですか」
教え子にそんなことを言われるなど教鞭をふるう人間としていかがなものか。ともかくそれは豪炎寺の口から出るとは思えない言葉だった。俺はゆっくり首を傾げる。
「そう思う?」
「はい」
彼ははっきりと答えた。答えの明確な問いほど気持ちの良いものはない。
「じゃあ、そうなんだろうなあ」
俺の無責任な言葉に豪炎寺の唇がまたわなないた。彼は勘違いしている……この世界の大人がみな、彼の父親のような厳格さを持ちあわせている訳がないことを知らせる講義がシラバスに組み込まれていた、それだけだ。
「子どもだと思って、……俺はあなたのことを信じてたのに」
『信じてた』だって?この子はなんて安直にそれを遣うのだ!今度は俺が彼に失望する番だった。
(失望といえど、彼ほどつらく、かなしい失望ではないが)
「なんで、黙ってるんですか」
「きみは俺に何か言ってほしいのか?」
「……最後まで、そんなふうなんですね」
だってもう他人じゃないか、言いかけた台詞は喉でつかえた。その代わりに俺はポケットを探り、中にジッポが入っているのを確かめる。できるなら数年後、揃いのものを買って新調したかった。
「帰ります、」
「そうか、気をつけてな」
俺はあえて普段どおりにものを言い、豪炎寺は黙って踵を返した。俺は胸ポケットから煙草を、ジーンズのポケットから先程のジッポを取り出して豪炎寺がドアを閉める前に火を点ける。細く開かれた世界の向こうから好きだった黒い瞳がふっと覗き、さして乱暴でもなく、やけに重々しい音を立てて扉は閉ざされた。
煙草は特別なとき以外吸わないのだと、しばしば彼に話していた。今の瞬間にそれを思いだしてくれていたらいいと大人げなく思った。
(それに気づいたら帰ってきてくれるとでも思ってんのかなァ、俺は)
理想を求めすぎてしまった豪炎寺は、それでもいずれ素敵なひとを見つけるに違いない。彼は俺と愛しあうには少しばかり幼くて利口で、純粋だったのだ。

「……あ、」
煙草を持つ指が濡れた。火が消えてしまうのが怖くて俺は慌てて目許を拭う。
(本当に罪悪感を抱いていたのは誰だったのだろう、)
「女々しいなあ、」
磨かれたフローリングにくすんだ灰がぽとりと落ちていくのを、ぼんやり見つめていた。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -