かきもの | ナノ


日陰に横たわるベンチの上は心地よかった。誰かとともに座るなどはじめてなのではないかと思う自分がいる。
「涼しいねえ」
「まあ、日陰だからな」
生きてるうちに来られて良かったねえと僕が返すと、またそんなこと言う、と頭をはたかれてしまった。乱れた髪を撫でて戻そうとするきみの手は僕とほとんど変わらない大きさのくせに、どうしてこうも……
「なんか、お父さんみたい」
「なにが?」
「豪炎寺くんが」
座り直してちょっと声をあげて笑ってみせる。豪炎寺くんは訝しげに眉を寄せている。父さん、俺が、……断片的に繰り返される低めの声が好きで何も言わず耳を傾けている。
「兄さんじゃなくて父さん?」
「だって強いもんね」
「……、そうか」
補足した言葉に豪炎寺くんは小さく頷く。まだ腑に落ちないようすの頷き方が新鮮で可笑しかった。僕に落ちるまばらな影はもちろん彼にも落とされており、陰影が美しく輪郭をかたどっていた。
(それでもかき消されないのだ、矛盾のない光)
僕にはコントラストが強すぎて、手探りで指先のありかを探すしかない。

「……日陰の植物は育たないよね。もうすぐ夏も終わるのに」
「……?ああ」
「でもね、太陽の代わりがあれば平気なんでしょう」
何が言いたいのか解らないという風に豪炎寺くんは僕の目を覗き込んだ。無意識にも誰かを救えるのなら僕だって、必ずしも需要の枠からはみ出している訳ではないのだと信じていたかった。真っ黒な石を割ったようにきらきらしている、彼の目はむしろ三日月に似ているのだけれど。
「いつでも手の届くところにあればいいのにね」
未来に絶対の信頼を置くことなど、僕にはできそうになかった。僕たちはどんなに頑張ってもヒト以外の何者でもないのだからそれは当たり前のことでもあった。だから仮定法をもってして彼に話しかけるのだが、そんなときの豪炎寺くんはいつも特別敏くて「お前は心配性だよ」と薄く微笑むのである。今回もまた例外ではなく、やっぱり彼は彼らしく笑った。

夏至はもうとっくに過ぎているから日はすでに傾きはじめている。杏を彷彿とさせる橙色……あれが沈みきる直前まで、僕たちはふたりの記念日を祝して、ひっそりと右手と左手を重ね合わせ続けるのだろう。
(僕たちに特別は要らなかった。ささやかな幸せを必要な分だけ得ることが、僕たちの記念すべき日常そのものなのだ。)






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