かきもの | ナノ


凰壮くんもさることながら、ぼくだって実は自由が好きだったのかもしれません。好きというよりは秩序の反対に漠然とした憧れがあって、そこで強く結びつけられていたのでしょう。地に正しく足をつけていられるのは虎太くんだけです。奔放に見えても決して宙を浮くことはない彼の四肢に比べ、ぼくらのそれは随分頼りないものでした。知ればきりがないのに、例えば水を切り裂くような思いをしながらその場限りの自由を求めてしまっているのです。ぼくらはあのときそういった自らの不自由に気づきもしないで、虎太くんの不自由を憐れんでいました。でも肝心の虎太くんの方は蝋の羽根を作ろうともせずに地を駆け回るだけで、ぼくや凰壮くんが地上を離れることをいくら諭したところで相槌にもならない返事を返すだけでした。本物の空気の冷たさ鋭さ、地上の空気がいかにぬるくてとろけているのかを教えるには連れて行くしかないというのに、頑固な虎太くんはうんと言いません。綺麗なところなのにと言ったって、虎太くんは形に興味を示さないことは分かっています。凰壮くんはずっと先に飛び立ってしまいましたし、ぼくは出来るだけ三人揃っていたかったのですが、これ以上暖房のように気持ち悪く乾いた風に当たってはいられませんでした。
「虎太くんすみません、凰壮くんと同じで、ぼくもう戻ってきませんよ」
ぼくが言うと、虎太くんはそこで初めて少し黙って、分かってると呟きました。そして、無理にぼんやりしたような目をしたっきり、また何も言わなくなってしまいました。元気で、とか、凰壮によろしく、とか言ってくれるのが普通なのですけど、ぼくらも虎太くんもそういう形式めいた挨拶は好きではありませんでしたから、べつにそれでも良かったのです。
飛び立つためになるべく空に近いところを選んでいましたら、向こうのマンションのもっと上のほうに凰壮くんがちらっと見えた気がしました。あっ、と思うや否や一瞬で身体の力が抜けて、また一瞬でぼくは空を見渡していたのです。鳳凰だとか龍だとか言いながら、のらりくらりと地上で生きていたのが嘘のようにぼくは解放されていました。先程のマンションの上のほうへ向かうとそこにいたのはやはり凰壮くんで、呼びかけるとゆったりとこちらを振り向きましたが、その表情は地上にいたときとほとんど変わらずむしろアンニュイな視線でぼくを見ていました。
まず、「まともに物を考えてたのは虎太だけだったな」と凰壮くんは言いました。どういうことか解らず、訊き返すと、笑顔ひとつ見せない彼は気怠い調子でこう言ったのでした。
「自由なんかはじめっからどこにもなかったんだ。いろんなところをまわってみたが、地上にはもちろん、空にだって同じような世界があって、そういうのを欲しがるやつらでひしめき合ってるだけさ。空のほうが酷いや。地上から逃げてきた人間がふるいにかけられて来てるんだからな」
辺りを見渡すと、絵本で読んだバベルの塔のようにさまざまな人たちが、鈍く光る目でぼくを見ています。そこには年月を経たエゴのかたまりがぎちぎちに詰め込まれていました。ああ虎太くん、ぼくは不意に、強く気高い虎の咆哮を懐かしく思いました。







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