かきもの | ナノ


忘れ物をして、家に帰るのが嫌だと思いました。お迎えの車はもうすぐそこにあって、だけどあの車のナンバーをわたしは知りません。いいえ本当はあのナンバーの車は信用してはいけないんだと心の声が言っているのを聞いたのです。ママが手をひこうとします。「ママわたし学校に、ママに見せたいものを忘れちゃった。忘れちゃったのよ」そうやって嫌々してもママは困った顔をするだけで何も言わないのです。
「見せたいものなの。とってもよ。ねえ」と何度も言っていたはずなのですが、いつの間にか車に乗せられていました。わたしは茫然となってしばらく車窓から外を眺めていました。ずばーっと切られたビルとか、信号機のLEDライトとか、ガードレールだとか、そういった類のものが、びゅんびゅん流れていきました。たぶんそういうものなのでしょう。なにせ、ずばーっと千切りにされているので元々がなんなのか分からないのです。
胸が苦しい。忘れちゃったものを永遠に忘れたままお家へ帰ってしまう。ママに見せたいものはずっと隠れたままになってしまう。もう二度と取りに行くことなんかできないと思いました。外の景色があんなになっているのに、学校なんか残っているわけないんです。わたしがふっと意識を飛ばしてしまった間に学校なんかめちゃくちゃになってしまったんです。通り過ぎたピアノの先生のお家も、バレエ教室もみんな。わたしは泣いてしまいました。心の声が、四桁のナンバーをずっと喋り続けています。もう遅いのに、もう遅いのに。わたしは融けて小さくなっていくような気がしました。大事な友達がわたしのために見つかって殺されていくのを、心の声が、ナンバーの合間に教えてくれます。ママが隣にいると思っていたのに見えませんでした。気がつくと車の中が車の中ではなくなっていて、千切りでいっぱいに輝いているのでした。なんて綺麗なんでしょう。たぶん慣性の法則かなにかで車もママもみんなどこかへ行ってしまって、わたしのところへ忘れ物だけが届いたのです。見せる人もいなくって、何を見せたかったのかも思い出せなくて、また泣いてしまいました。わたしはいつもひとつしか選べないのです。けれども「たったひとりぼっちじゃない」と声がします。だから明日もがんばろうって思えるのです。







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