かきもの | ナノ



私は鏡を隠しました。もうすぐ中学生になる息子が目覚めているあいだ、けっしてその奇妙なものを見せていけないと言われたからです。ただ、私には、彼がたしかにそう見えているであろうと信じているところがありました。ふと起き上がって、「コタくんは」とか「オウゾウくんは」とか、毎度のように呼ぶ名前はいつだって同じで、私が彼らをさも知っているかのように竜持は話を続けました。そして、見たこともない異国の話や、したこともないスポーツの話なんかも……どこかで知ったことを体験と錯覚しているのだと、ここの人は言うけれども、私には竜持をそうやって突き放すことがどうしてもできなかったのです。夢と現実との境界をどうやって説明することができるでしょうか?今が夢でないという証拠など、どこにあるというのだろう?竜持の身体は、空っぽだというだけのことでしょう。
「どちらがほんとか、わからないけれど、とにかくぼくは覚めているようです。どちらでも。ぼくはどちらにせよ覚めていて、その境界でただ一瞬の夢を見ているんだと思います。そういえば、レアルは死んだ子供を生き返らせたって。父さん、虎太くんがスペインに行くって、ぼく淋しいって言いましたっけ?鏡は三面鏡じゃないです。ほらこのあいだは蝶になったんですけど、ぼくのほうを見てシュレディンガーの話をしてるんです。だめ、父さんと話をしてるから、静かにして……凰壮くんは寝ていましたね、いつの話か分からなくなったけど、彼はだいたい寝てるのでたぶんそうだ……記憶がずいぶんゴチャゴチャになって混乱してます。凰壮くんの寝てる間にねじの付いた魚が泳いでしまうのでしばらくするとぼく、またスペインに……机に向かってるんだ。数学です。ふたつの次はここのつ。その次はななつ。こんなに離れていくのに坂道でだれも、飛行機の翼にぶつからないと分かっているのでスピードを落とさないんです。三面鏡なんてなかったですよね?」
くすくすと笑っています。私の知らないだけで、竜持はきっと彼が兄弟だと言う二人とスペインに行ったし、すてきな仲間たちとサッカーで大人を打ち負かしたのです。私の隠した鏡はたった一枚だけだったとしても。彼のいる白い部屋が常にひとりだったとしても。竜持は嘘を言わないと解っています。彼はただ正直すぎるだけで、周りの大人が彼をひねくれさせているだけだと、今更に解ったのでした。
「そのとおり、ほんとなんてどこにもありませんよ」
私はそう言ってやりました。諦めではなく、慈愛でもありません。もう、探していた混沌が目の前にあって、あまりにも近すぎるので、どうしてか掴みどころがないのです。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -