かきもの | ナノ


もうぼくにはぼくらなりのアイデンティティが分からなくなってしまいました。そこに存在しているのは確かなのに、認識することができないのでした。隣には虎太がいて、反対側のお隣に凰壮がいて、当たり前のことです。けれどもぼくは、当たり前のことがなぜ当たり前なのか、なぜ三つ子は三つ子でなくてはならないのか、分からなくなってしまいました。
それなのに、ぼくがこんなにも同じ顔をする人間たちの識別に悲しんでいるというのに、虎太が相変わらずで、ぼくはすこし苛立ちを隠せなかったのです。そんなことには興味がないという目をしてボールを蹴り続けている。そこに存在しているのはぼくかもしれない、反証は誰にも出せない。だって彼のスパイラルも、ぼくのそれも、同じなのだから入れ替わっても、理論上は判らないはずでした。虎太には理論が通じない。ぼくの言っていることを虎太は簡単にはねつけます。違うとか、嫌いとか、そんな一言で。
彼はぼくであって良かったはずです。それなのに、それなのに、ぼくが知り得ないものを彼は持っているなんて。それは合理性を踏みつけた本能でした。そんなものを持って王様でいるのです。ぼくが、同じ遺伝子であるはずのぼくが、彼になれない理由……理由を探してしまう。それが理由でした。虎太の背中を眺めていたら、枝分かれした細長い手がたくさんぼくの首を締めようとするのです。唇がわなないて、居たたまれなくなって、ぼくは駆け出して、お遊びでもするように彼の両目を覆い隠したのでした。誰だ?と笑って言ったら彼は……なんというのだろう……ボールがてんてんと、遠くへ転がっていくのをぼくだけが見ていました。
「竜持?」
ほらね。当たり前のことです。ぼくは彼に、彼はぼくになり得ない。けれどもぼくは少なくとも、同一化を望んでいたのかもしれません。母胎回帰に近いものを求めていたのかもしれません。ぼくは「違うよ」と言いました。心をこめてそう言いました。
「でも」
「きみには分からないことです。永遠に、分からなくていいことです」
この目をつぶしてやっても何も変わらないのだ。見える世界が一つになっても、共有することはかなわないのだ。ひとつ涙が流れることを知られない。それだけで十分に救われたのではないでしょうか。






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