かきもの | ナノ


子どもらしくない、と思ったのがはじめだ。大人らしいとも思わず、つまり彼は不思議で、サイエンス・フィクションなんかにいそうな言葉足らずを基調としていた。
「実は森で生きていたりしてね、虎太くん」
「ううん」
「ふふ、それじゃあきみ、たぶん宇宙人だ」
「プレデター」
覚えたての言葉で拙く、きっちりと返す。ただしフィールド以外で枠には留まらない奔放さが気をひいていた。ハスキーはうなり声で喉を枯らしたんだと疑わないおれは、なんとなく彼を神聖視してやまぬところがある。幼い獣を育てている気になる。
虎太くんは真っ正面で抱きつくように身をあずけてきた。それは交じり気なく水のように清い。やはり遠い森から来たのでは?だけどこんなようすで、きみ食べる側にまわれるのかい。ぼんやり、黄色の腕はおれの背中のほうまで続いている。
「虎の子」
「うん」
「じゃれてる内に怪我してしまうね」
「舐めれば治る」
「まさに、だなあ」
おれはおかしくって、声をあげて笑ってしまった。歓声の次、きみの二番目に好きな静寂を破ってごめん。虎太くんはおれの腕のなかでちいさく身を震わした。「……なに?」「ごめんよ、不意打ちだった」、言ってなおくすくすと、余韻を残している。彼はしばらくじっとしていたが、それこそ身を震わして笑う乗り物の揺れを心地よいものと捉えたか、もしくは、ただゆっくり言葉の意味をかみ砕いているだけかもしれなかった。胸に顔を押しつけては離す、落ちつく、と言っていた。母親らしくなったつもりなんだろうか、おれは。きみの兄弟とちがって狩りの仕方は教えてやれないけれど、寝床ならいくらだって、あげたいと思う。たいへんな甘やかしだ。この子がいずれひとりで旅立つときを恐れるのは、自分だけなのだろう。
虎太くんは身じろぎした。笑いがおさまってから大分経っていた。そろそろ飽きてしまったころかな。彼が帰ってしまう。すこし名残惜しく、楽しみはひとつ減る。けれども自分は彼を引き留められないだろう。野生とはそういうものだと、テレビで昔言っていた。
「うわっ」
右の頬がくすぐったくなった。空気に触れてひんやりとする、また一瞬あつく、吐息がかかった。
「どうしたの、なにしてるの」
「おれ不意打ちしたから。それって、怪我の仲間だろ」
ふふん、と耳元で笑った。こんなところは大人だ。子どものふりをして、かしこいなあ、やられたなあと思ってしまう。この幼獣はもうすぐ大人になる。きっと限りなく、少なくともおれにとっては、聖獣の虎となってどこかへ行ってしまうのだけれど、それでもいいと言えるほど彼はやさしく育つのだろう。
「虎太くんはしょっちゅう、不意打ちをするね」
「すぐ治る」
色も輪郭も涙のようにぼやけた静閑は、しかし決してさびしくはなかったのだ。







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