かきもの | ナノ



氷点下に冷えた指をつかむ手の温みを払いのける。そのまま強く大きくなってゆくだろうまるで美しい雑草か何かのような男の成長を、うらやましいなどと唇を噛むことぐらい許されて構わないとエリカは思うのである。鈍感!不思議そうな顔して、どうしてあんたが気を悪くすることがあるのか。知ってる男の中ではかなり気の利くひとだけど、やっぱり解らないって、つり目を瞬かせている。女っていうのは熱量もなくって、体がどんどん冷えてゆくものだ。(心はあったかいと言うけれどどうかな?嘘……狭い心だ。)
オンナゴコロがなんだって解ってる男もエリカは嫌いだけど、知ろうとしない男も好きじゃないなんてわがままだろうか。言わなきゃ解んねえって凰壮は言う。でも言わなくちゃ解らないなんて当たりまえのことで、恋人や家族はエリカにとってそういうものの例外だった。
(解んない……でも解んないままでいいの?そんなことないでしょ?彼は鳥のように自由で……どこにだって行ってしまう……手をつかまなくちゃ、きっと、妥協って必要だ。ちがう、これは妥協じゃない。強いっていうのはゆずらないってことじゃないから……乱暴にしていいよ、でも壊れる。安物の人形といっしょに、無理してる……)
特別なひとに、特別に心を明け渡すことについてエリカは知らんふりしていた。女だからゆずるとかゆずられるとか、そういうジェンダーにばかり目を向けて、誰の心も見ていない。鈍感なのは誰だ?
隣の凰壮はさっきまでやり場をなくした左手をふらつかせていたが、たった今その手をポケットに突っこんでしまった。ふたりの歩幅は合わない。エリカよりずっとはやく、凰壮は先へ行ってしまう。エリカは急いで後を追うけれども、散歩中の足の短い犬のように、おもしろおかしく見えているのだろう。いちばんだったはずなのにどうしてか、いつの間にか、追いつけなくなっていた。そのことを女々しく嘆いて、スピードを合わせてもらうなんていやだった。しかし思想と心は相反して、彼女は今ぴったりと立ち止まったりちらつく雪に任せて泣き出したりしたくなる。そしたら凰壮はたぶん、また不思議そうな顔して離れた距離を縮めようとするのだ。わからずや……それが無性に腹立たしかった。自分の非力を思い知らされたようで……女っていやだ。女というだけでこんな弱々しい特権を許されるなんて、ひどい生き物だ。からっぽの手は落ちつかなく結んで開いてを繰り返している。

「なあ高遠、寒くねえ?手、いやなら自販に行こうぜ。おれさっきから寒くってさあ」
唐突、まるで他人ごとといったふうに、帳消しを自然とする声がした。気まずさもエリカの悩みもなんだって受け流して、それはエリカのあこがれた風そのものであった。細く息を凍てつかせながら、凰壮はちいさく呻く。まったく、空が落ちるなんていうばかな心配ごとみたいに、してしまうんだなあ。決めつけはしたくないけれど、女の持つ母性とか、やさしさとか、つまりひっくるめた女らしさというのは少しは必要だと思い知らされる。するつもりこそないけれどもし、もし甘えてすり寄ったら、「そんなことしたって自分の飲み物はちゃんと買わせるからな、おれ払わねえぞ」なんて言いながら、ジーンズのポケットからはしっかりレザーの財布を出すのだろう。
変に気の利く男というのは、どうやら、そういうものらしい。






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