かきもの | ナノ



少なくともこれはちがう、左の薬指にはなにもない。ならこちらは?たてた小指の向く先に気だるい鳥が一羽だ。赤い鳥、なんて児童趣味な名前をかざしていながら、なにより面倒そうにする鳥が。
「なんだよ」
「いいえ」
わずかに笑ってみせると彼は反比例した。曲線はぶつからないものですね、そういうものですね、この指にもなにもない。すてきな噂を聞く彼とおなじ色をした糸の存在をぼくは知っていた。そして、知っているのと感じるのとではちがうと、今までのたくさんの経験から学んできたのだった……たとえば、父親の研究のようなものから。ぼくたちのあいだに、感じるものなんてはじめからないのだろう。ぼくたちのあいだにあるものは糸ではなくて鎖であった。絆の鎖なんてやさしく穏やかな強さはそこには見つからない、ぼくたちのあいだにあるものは、あいだにあるものは、「血」とかいう短く厳かな代物でしかない。どんなに切ろうったって鎖は切れなかった。糸を見つけて結ぼうったって……縛られては上手に絡めることすらできない……凰壮くんきみはどう思うんです……ぼくばかり無意味な焦燥を繰り返す。
「かなしいものじゃありません?」
そんなこと言ってまたぼくは笑っている。凰壮はにこりともしないで「そういうもんだろ」と呟く。空を見てもそこには天井で遮られたそれしかないのに、部屋の中で寝転がっている彼もぼくといっしょかな。だが凰壮は笑わなかった。おもしろくないときにはいつも正直で、愛想笑いが精分化されたぼくよりいささかまともにできていた。曲線はぶつからないものでしょう。決して、どんなに近くたって、そういうもん、でしょう。
「あのな」、凰壮は灰色に塗られた空を見つめたまま誰へともなく怒ったように呟いた。
「あのな、現実、数学理論とは全然ちがうから。歩いてれば、反対側から来たやつといつかは会えるんだぜ」
そうだろうか、知識と体験はおなじじゃないのはわかっている。でも、ぼくたちも、そうだろうか。ぼくが黙っていると彼はこちらをちらと見た。あれだけ強い口調でものを言ったくせに、さみしそうな目をしていた。笑おうとしても笑えないというような目だった。ではこれが、凰壮の出した守りの答えだったのだ。狭い檻から逃げ出して空を見るための希望を自ら作り、まるきりマリアの偶像のように大事にしているのだ。だれもがつらかった。どうにもならない事実にぼくはむなしくなったが、困ったことにまたにやにやとしている。夏は残酷にもふたりの肌を色めかせていた。







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