かきもの | ナノ


成人
ひどいはなし


「他の好きなひと、ねえ」
それはもう、無愛想でルーズな自分のスペックの問題なのだし、逆恨みも甚だしいので口には出さなかった。ゆるく髪の先を巻いてマネキンの着ているものを根こそぎ追い剥ぎしたような『イマドキ』の彼女はどうしてか申し訳なさそうにちいさく頷いており、それもまた凰壮の気に障る。体裁なんかくそくらえだ、そんなもの気にする女だってこっちから願い下げだと無理な理をかなわせている。
「まあ、おれとはぜんぜん似てないだろうし、気に入ったとこあったってことだろ」
適当なフォローを入れてやる。女はさっきのように頷いた。腹が立つので「前向いてちゃんと返事しな」と言ってやれば勘違い、ありがとうなどという微笑みは知恵の足りなさを顕著にあらわしている。応援したつもりはないが確かに今、凰壮は彼女のよき理解者となった。

「また振られたんですかあ」
「……」
「凰壮くんはすこし、器用すぎるんでしょうね。いつも」
ソファの上、爪を磨くような口調で竜持が言う。どうにも気が進まないので、彼が淹れた紅茶には手をつけなかった。「勿体ない」と言う声に一口でもと思い顔をあげると、嫌な目でこちらを見ていた。いくつになってもませている。失恋のそばには常に竜持がいる。
「勿体ないですよねえ……きみみたいなひとを振っちゃうなんて、解らない」
「よく言うよ」
「なにがです?」
よく言う、本当によく言う!お前と歩いている女を何人見かけたと思っているんだ、凰壮は唇を噛んだ。竜持が次の言葉を挑発的な微笑で促していた。
「あいつといつ、会うんだ」
「ふふ、解ってますね。さすが凰壮くん……でもねえ、寝る約束だってしてるんですよ、約束、ですけど」
「狂ってる」
吐き捨てた一言になぜか安堵の色を見せたようだった。だがそれはたったの刹那で、竜持の声は普段どおりに落ち着いていた。
「引っかかるようなひとを選ぶきみだってどうなんです?結局そんなものなんですよ、飾りたてるばっかりで中身のないひとだ。残念でしたね」
凰壮のものを奪うのは彼にとっては至って簡単なことである。同じ顔からだをしているのだから決めるのは内面でしかない。凰壮の持ち得ない何かを補完してしまえばいいのだ。結局そんなもの、だと竜持は言う。その通りだが、上回る倫理の逸脱だってあるだろうに、無視している。「イミ解んねえ、ふざけてんのか?」
「いいえ」
「だったらなんで」
「凰壮くん」
凰壮の激昂を鎮めるがごとくやわらかな口調、だが有無を言わせぬ鋭さが名前を呼んだ。「だったら、ぼくとセックスしたらいいじゃないですか」、と続けたその声色に一瞬凰壮は遊泳を見た気がした……それほど鮮やかでうつくしいしなやかさ、躍動、まるで鏡の中の誰か別人を見ているようだと思った。
「そういうことじゃ、」
「ない?ふふ、凰壮くん、嘘ついたって判りますよ……ぼくたち、なんでもお互いに解ってたじゃないですか」
わからない、凰壮には竜持がすでに解らなかった。彼だけが正反対に進んでいる、鏡の裏側に行ってしまったと錯覚するほどには竜持の思惑の何ひとつも予見できずにいた。ソファが沈んで竜持の指が頬まで延びてきた。同じはずなのに、彼の指のほうが自分のそれより細く長く見えた。
「女性に興味があって、寝取りが好きで、きみから奪っていたわけじゃないことに感づいてほしかったんですよ」
「おれだって、誰でもよかったわけじゃない!」
「そういうとこ……嫌なんですけどね」
ワントーン落ちた声でさえ甘かった。気持ち悪い。兄弟に対して今性欲と嫌悪しか見当たらないのが、凰壮に吐き気を煽らせる。こんなはずじゃなかった。そんなつもりなかった。一発殴って済むはずだった。他の好きなひと……誰が、誰を好きだって?
「ぼくは凰壮くんが好きですよ、安直に言えば」
「うるさい」
「ぼくとしたいって、言って」
「……うるさい……」
竜持は凰壮のシャツに手をかけていた。すでに自らのブラウスの上ふたつを外している。憔悴したようによろめく視線で辿る。竜持はおれと同じじゃないんだ、こんなに肌が白かった。ふたりはこんなに違っていた。判別の代わりに理解を失った。もう判っても、解らないんだ。ふっつりと切れた予感がした途端、凰壮は竜持の胸倉をきつく掴んでいた。これを引き裂いたっていいんだろ、その下の肌を吸ったっていいんだろ。おれたち他人なんだぜ、だからお前も、こんなふうにするんだろ。思って唇を噛みしめている。竜持は目の前でわずかに笑っていた。目はさびしがりの赤色をしていた。
「仕方ないんですよ、ぼくたちこんなに近くて遠いんだから……」
唇で塞いで黙らせてやれ、竜持の言うとおり、おれたちは兄弟なんかじゃないのだ。熱くてやわらかい舌だった。ソファの本革よりなめらかな肌だった。なんて明るい昼下がりだ、新しい恋人を待つ女が傷つくだろう様子がふっと凰壮の目の裏をよぎる。






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