かきもの | ナノ


からすが鳴くからかえろ、それはいつの間にかなくしてしまった身の詰まった果実であった。心は青ざめており、夕暮れ時を吸って長らえたいと信じている。秩序をみちびく子供らしさから抜け出せない……この公園にも着々と闇が潜んでいるのにセンシティヴを置き去れない竜持たちは気づいている。子供の直感は必要だが誰も認めようとはしない。竜持自身さえ、「らしさ」を否定して理性の伸長のほうに重きを置いているのである。
(直感で言えば、ぼくは独走している)と夕暮れのなか彼は思う。精神的なやり場が失われつつある。三つ子の成長とはこんなものか。実は自分だけでなく凰壮や虎太だって、そう感じているかもしれないとは考えなかった、なぜならこの独走は明らかな脱線であるから。竜持ひとりが他とずれた価値観を抱いているのだった。嗜好としての価値観で、単眼の虎太はすでに相容れないだろう。奇妙がった目で見られることが増えた気がする。凰壮はもうすこし、理解の範疇が広いようである。彼はほんとうは気の配りかたが上手なのだ。

「だって好きなんだろ」
「……」
「なら仕方ないことじゃねえの、メイワクさえかかんなきゃ、なんだっていいよ」

投げやりな言葉でちょうどだった。凰壮が知っているとそれだけですこし気が楽になる。その反面、なにも知らない虎太に対する疚しさが闇の夕暮れに迫るがごとくちろちろと心をなめてゆく。凰壮がこちらを見ていた。凰壮の言う「メイワク」の基準が竜持には今ひとつわからない。この公園ひとつがすっかり、宵闇に支配されていることを知る。
「虎太くん、暗くてボールなくしちゃっても、ぼくら知りませんよ」
「なくさない」
「そうじゃなくて、わかってください。帰りますよ」
真剣な顔をする虎太を見て安堵を覚えていることすら悲しいのである。


ボールを入れた袋をお遊び程度に蹴りながら歩く虎太と、だるそうにポケットに手を突っこんで歩く凰壮の間にいながら、竜持はぼんやりと歩いている。胸のうちにあるのは中間にもなれない理性的な無気力である。
(いまだ月もでないか、なら目印も見えやしない)
「あ」
握っていた指のあいだをすり抜けて、虎太のもとから袋がぽうんと蹴った方向へ飛んでゆくのが見えた。あー、当事者でもないくせに、凰壮の面倒そうな声。虎太がボールを追って反射的に駆け出した。月光などなくても辿ってゆけるひとだ。ぼくだって、ちょっと前まではそうだったんですよ。ぼくだって……いえ、ちがう、黄金の靴色は月と同じ?
図らず、残像のように網膜にある鮮やかな黄色の足跡をなぞって踏んだ。ちょうど虎太がお気に入りの黄色のボールをつかまえて膝で高くあげたところだった。このひとはなんて無邪気なのだろう!竜持は非難を交えて声をあげる。
「ね、虎太くん。無邪気でいることは殺人と同義でしょう」
「……そんなこと、ないだろ」
突然、分からないなりのはっとさせる真理を言い当てることがある。これが秩序の崩壊だというなら、ぼくらは当然、あの父親よりも誰よりも早く混沌の中心を見つけているのだろう。ああこれが反例というものか、竜持はわずかに笑ってみせた。虎太もつられてぎこちなく笑い、それを見た凰壮もまた、なにか悟ったようにして微笑んだ。
「なあ、おれたち、だれも踏み外してなんかないぜ。辿っていけるだろ、まだ」
「ええ……ええ」
凰壮の耳打ちとともに夜は思いのほか早く月を連れてくる。まだつま先揃えて歩んでゆけるのだ、たとえそれぞれの思想が異なったとしても。







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